新しい環境
「はじめまして!横浜支社の企画・営業部から異動して来ました川野です。よろしくお願いします!」
全体朝礼で好奇の目に晒される中、平静を装って、なんとか挨拶を乗り切った。
東京第二支社の社員数は20名程、それほど大きくはない会社なので、川野のパワハラ騒動の噂は、そこら中に充満していた。
噂を信じる者、同情する者、興味を示さない者と様々だったが、川野にとって非常に居心地が悪い事に、変わりはなかった。
朝礼が終わり、川野はそそくさと倉庫に戻った。
倉庫内は、スペースの半分が書庫になっており、もう半分は、過去のサンプル品や備品、日々届く発注品の段ボールが山積みになっている。
川野のデスクは、出入口のドアを入ってすぐ横の、廊下側の壁に向かって設置されている。
空調は付いておらず、デスクから一番離れた西側にある窓は、日差しで書類が劣化しないようにと、常にブラインドが閉まっている状態だ。
室内照明はあるのだが、川野が来るまで無人だったため、照明の消し忘れが多発し、人感センサー付き照明に変えたそうだ。
そのため、定期的に手を振ったりして体を動かさないと勝手に消灯してしまう。
(窓はさすがに開けても良いのかなぁ?余計な事をする前に、やっぱり聞くべきかっ⋯。でも、外へ出たいけど、廊下から話し声、聞こえるし⋯。)
汗が噴き出す中、しばらく椅子に座り考えていると、ガチャッとドアを開ける音と同時に、パッ!と照明がついた。
救世主の登場だ。
「うわっ!暑っ!お前、よくこんな所で座ってられるな。」
「増岡ごめん!部署の方にちゃんと挨拶に行こうと思ってたんだけど、まだ心の準備が出来てなくて。」
「いいよ、別にっ。今は俺と係長以外、もう皆ほとんど出払ってるし。それより、これ使って!」
そう言いながら、増岡は倉庫の奥から、随分と年季の入った、扇風機を引っ張り出してきた。
恐らく、自分の家から持って来てくれたのだろう。
彼は、ここに来てから1分も経っていないが、額からはすでに汗が浮き出ている。
「ちょうど、窓開けて良いか迷ってたの。扇風機の方が断然良いねっ。ありがとう!」
「お前、そんな事もっと気軽に聞いてくれよ。水臭いなぁ。俺とお前の仲じゃないか!」
川野と増岡は同期入社で、苦楽を共にした戦友であり、気の合う同い年の、友人でもある。
入社当時は他にも、合計10名くらい同期の仲間がいたが、転職にヘッドハンティング、寿退社などで1人抜けては1人抜け、ついには2人ぼっちになってしまった。
増岡は、2年前までは横浜支社の勤務だったので、川野とバディを組む仕事も多かった。
そのうちに、東京第二支社の立ち上げのため、増岡が異動になり、それ以降は年末年始の挨拶と、誕生日メールのやり取りをする程度だったが、例の騒動で川野がピンチだと知り、自分の所に引き入れようと、暗躍してくれたのだ。
そして今日から増岡は、川野の直属の上司だ。
「増岡課長、その節は本当にありがとうございました。」
川野は立ち上がり、深々と頭を下げた。
「いいってことよっ!まぁ、俺の力が及ばず、このクソ暑い倉庫からのリスタートになって申し訳ないけど、まだ終わったわけじゃないんだから、腐らず頑張れよ。」
「精一杯、頑張りますよ〜っ!よろしくお願いしますっ!ところで⋯この扇風機さ、首振り機能にしたら照明ついたままの状態キープ出来るかな?」
「はっ?えっ?⋯あははははっ!そうか!ここじっとしてると、自動で消灯しちゃうんだな!暑いし暗いし、ヒドイなっ!暑っ!あははははっ!」
この男に、人の心はあるのか?
と、たまに思う時があるが、他人の不幸な境遇を、遠慮もなく笑い飛ばす増岡を見ていると、川野の気持ちは少しずつ軽くなって行くのであった。
その後、業務の説明を増岡から受けていると、トントンッとノックの音がした。
「失礼します。増岡課長、打ち合わせ始まりますよ。」
係長の佐渡が、眉間に皺を寄せた顔を、こちらに覗かせながら言った。
暑い倉庫内に入りたくないのか、それともなるべく川野に関わりたくないのか⋯。
「あ〜、悪い!悪い!すぐ行くよ。じゃあ後はよろしくな!」
「はいっ!」
ガチャン―
再び室内が静かになった。
「よしっ!今出来ることを頑張ろう。」
増岡という心強い味方がいてくれて、本当に良かった。そう思いながら、川野は山積みの段ボールを片付け始めた。




