対応しかねます
10月に入り、しばらく経った。
川野は、経理部の手伝いを無事に終え、倉庫のデスクに戻っていた。
ガチャッ―
「こんにちはぁ~。」
山本がやって来た。片手にはアイスを2つ持っている。
「川野さん、これあげます。期間限定のスイートポテト味ですって。」
いつものパイプ椅子に腰掛けながら、ニコッと笑い、そのうちの1つを差し出して来た。
「えっ!美味しそう!食べる!…⋯でも、経理の手伝いも終わったし、お礼もらい過ぎちゃってるよ。申し訳ない。ここも結構、涼しくなってきたし。」
「いえっ、川野さんのお陰で、クラブのイベントも行けましたし。ありがとうございました。」
経理部の中で、川野と山本は、特に親しく話さなかった。
仕事量が多くミスも許されないので、軽口を叩ける雰囲気ではないし、真顔キャラを通している山本を、崩壊させる訳にはいかなかった。
川野は、小林からランチに誘われ外食する事も度々あり、いつの間にかアイスのじゃんけん勝負も、消滅していた。
用も済んだし、こんな風に山本が訪ねて来ることは、もうないと思っていた。
正直、川野は戸惑っていた。
「(モグモグ)う~ん…。じゃあ、次は焼き芋、持ってきますよ。近くの広場に、焼き芋のキッチンカー来る時あるんで。美味しいですよ。」
「そうなんだ。じゃあ、来てたら教えて!買ってもらっちゃ悪いし、その場で食べた方が、きっと温かくて美味しいじゃん?」
「いいんです!俺が食べたくて、勝手に買ってくるんで。…川野さんは、ここで待ってて良いです。」
山本は一瞬ムキになり、不機嫌そうに言った。
モグモグ…モグモグ…
沈黙の時間が流れる。
甘くて美味しいはずのアイスが、口の中にその余韻を残せず、ひたすら2人の喉を通っていく。
川野は思い立った様に、口を開いた。
「そうだっ!山本係長、お願いがあります!」
「(モグモグ)…何ですか急に。」
「そこの奥の棚の上段に、平積みになった古いファイルがあるのですが…下ろしてもらえますか?山本係長、背高いので、お願い出来たらと思って。」
「結構あるんですか?」
「そうなんです!上部のスペースに、天井近くまで積まれていて。脚立はあるのですが、私、実は高所恐怖症で…。登れるんですけど、降りるのが苦手で…。手伝って頂けると嬉しいです!」
川野は頭を深く下げ、頭上に手を合わせて、精一杯お願いをした。
「ふふふっ、高所恐怖症なんて意外です。川野さんにも怖い事ってあるんですね。」
山本の、いつもの笑みが戻った。
「良いですよ。よろこんで。」
スタスタスタ―
「ここから、ここまでのファイルです。古いものなので、もう保管期間も過ぎてそうで…チェックしたいんです。」
「了解です。もう取り出して良いですか?」
「ありがとうございます!お願いします!」
上から順に、山本に取ってもらい、川野はそれらのファイルを、用意した段ボールに入れって行った。
「うわっ!けっこう埃舞いますね。係長大丈夫ですか。マスク持って来ましょうか?」
「俺は大丈夫です。すぐ終わりますよ。」
山本は文句ひとつ言わず、涼しい顔で次々とファイルを下ろしてくれた。
なんとも頼もしい男だ。
「ここなら私も届くので。よいっしょ!」
残り少しになった平積みのファイル。川野は身長が165cmあるので、手が届く上段手前のファイルを取ろうとした。
その時だった。
「あぶないっ!!」
川野には見えていなかった、奥のファイルの山が崩れ、落ちて来たのだった。
「痛っ!!」
山本はとっさに手でキャッチしようとしたが、数冊のファイルが、川野の頭に見事に命中した。
幸い、中身の入っていない軽いファイルだったが、それでも多少、痛かっただろう。
「大丈夫ですか?俺が全部下ろすから、待っててくれれば良かったのに…。」
山本は、床に落ちたファイルを拾い上げながら、そう言った。
「川野さんて本当にせっかち…ふふっ、はははっ。」
山本は、川野を見て笑い出した。
「ハクションっ!何?何笑ってるの!?人が痛みに耐えてる時に!」
「いやっ、すみません。ふふふっ、これ。でっかい埃ついてます。」
そう言って山本は、川野の頭に付いた、たんぽぽの綿毛くらいの埃を払ってやった。
「うわっ!でっか!汚っ!他に付いてないっ?」
川野は焦った。午後から外回りに行くため、埃を付けて行く訳にはいかない。
「そうですねぇ〜…。」
山本は川野の周りを一通りチェックして、そっと川野の顔を覗き込んだ。
「ついでにキスでもしておきます?」
山本の唐突な言葉に、川野は目を見開き、固まってしまった。
耳は真っ赤になっている。
「……ふふっ、冗談ですよ。」
山本は、パッと顔を離し、意地悪な笑みを浮かべた。
「係長!ありがとうございました!自分、これから外回りなので…失礼しますっ!!」
そう言って川野は、後片付けもせずに、倉庫から逃げるように出て行った。
純情乙女かっ!
川野光35歳
歳を重ねても、対応しかねる事は、まだまだ沢山あるのであった。




