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王の血統  作者: ノニ
9/13

3a

――深夜

静まり返った廊下を、アルヴェインは今日も一人歩いていた。


毎日、三度。

カルヴェスが母の元へ通う姿を、彼は遠くから見送っていた。


弟が、母の支えになっていることは誰の目にも明らかだった。

毎回欠かさず持っていく花。

母の好きだった白い花束を胸に抱え、静かに母の部屋へ向かう姿は、幼い頃のカルヴェスを思い出させる。


泣き虫で。

母のローブを掴みながら後ろを歩いていた、小さな背中。


アルヴェインはカルヴェスにつける護衛を、自ら選別した。

誠実な者。

口の軽くない者。

そして何より――禁術へ近づけない者。

カルヴェスに余計な思想を吹き込ませないために。

弟を、あの“底”へ落とさないために。

そして自分は国に尽くす。

それしか出来なかった。

母の侵食を止めることもできない。

弟の言う“完成”を代わることもできない。


だからせめて――

カルヴェスだけは守りたかった。

それが、自分にできる唯一の償いだった。


その夜も、アルヴェインは寝静まった母の部屋を訪れた。


薄暗い室内。

薬草と血の混じった匂い。

蝋燭の火が揺れ、ベッドに横たわるアーヴェレッヘの頬を淡く照らしている。

アルヴェインは静かに歩み寄ると、そっと母の手を取った。

侵食を少しでも遅らせるために。

痛みを、少しでも和らげるために。

掌から静かに魔力を流し込む。


その時だった――


「あら……? どうしたの? こんな夜更けに……」


アルヴェインの指先が止まる。

母が、起きていた。


「……お見舞いですよ。母上」


努めて穏やかに。

感情を隠し、静かな声で告げる。


「あら、母上だなんて……ふふ」


アーヴェレッヘは小さく笑った。

その笑みは、どこか少女のように柔らかかった。

だが次の瞬間――


「……ユリウス」


アルヴェインの瞳が、見開かれる。


「アルはもう寝たかしら? あの子、夜になると一人じゃ眠れないって言うのよ」


幼い日の話だった。

まだ父が生きていた頃。

小さかった自分。

それを――今、母は“ユリウス”に向かって話している。

アルヴェインは理解した。


ああ。

母は、記憶まで侵されてしまったのだ。

血の魔術は、肉体だけでは終わらない。

心を侵し、記憶を喰い、時間さえ壊していく。


アルヴェインは溢れそうになる涙を必死に押し殺した。

震える指で、母の手を握る。


「アルヴェインは眠ったよ。アーヴェレッヘも……おやすみ……」


その言葉に、アーヴェレッヘは安心したように微笑む。


「ええ……今日は、とても疲れているみたい……」


ゆっくりと瞼が閉じていく。

やがて静かな寝息が部屋に戻った。

アルヴェインはその横顔を見つめ続ける。


父が愛した人。

自分たちを愛してくれた人。

もう、自分のことすら分からなくなってしまった母。


――唯一の光だったカルヴェスが、まだいなかった頃へ。

母の時間は、戻ってしまった。


アルヴェインは俯き、声を殺して泣いた。

王ではなく。

ただ、母を失っていく息子として――

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