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アルヴェインはカルヴェスにつけた護衛から、何度も同じ報告を受けていた。
――カルヴェスが、夜毎に禁書庫へ出入りしている。
それも、アルヴェインが母アーヴェレッヘの元を訪れている時間と、ほぼ同じ刻限に。
禁書区域は王族であろうと自由には入れない。 許可証、封印鍵、監視術式。
幾重もの管理が敷かれた場所だ。
まして今のカルヴェスは監視下に置かれている身。
単独で侵入できるはずがない。
アルヴェインは静かに報告書を閉じた。
「……カルヴェスを禁書区域へ招き入れた者を探せ」
低い声だったが怒号ではない。
しかし、その場にいた護衛達の背筋を凍らせるには十分だった。
命令から僅か数日。
犯人はあっけなく見つかった。
名を――マグラ。
かつて母アーヴェレッヘの側近として仕え、共に禁術研究を行っていた男。
そして現在は、カルヴェス直属の部下として傍に控える魔術師だった。
報告を受けた瞬間、アルヴェインの目が細くなる。
「マグラを旧尋問室へ」
侍従達は命を受け素早く部屋を後にした。
王城北棟――旧尋問室。
そこはもう長らく使われていない部屋だった。
石壁には古い血痕が黒く染みつき、湿った冷気が床を這っている。
灯された魔導灯だけが、ぼんやりと室内を照らしていた。
拘束されたマグラは、額に汗を滲ませながら跪く。
その前に立つアルヴェインは、静かだった。
静かすぎて、逆に恐ろしいほどに。
「……申し開きはあるか」
低い声。
感情を押し殺した声音。
マグラは慌てたように顔を上げる。
「わ、私はアルヴェイン様をお慕いしております……!」
必死だった。
縋るようだった。
「国を脅かす可能性を……潰したかったのです」
アルヴェインの眉間に深い皺が刻まれる。
「潰す……とは?」
その瞬間、マグラは僅かに口元を歪めた。
「カルヴェス様はいずれ、アルヴェイン様の障害となる御方……。禁術の侵食が進めば、必ず――」
最後まで言わせなかった。
――ゴッ!!
凄まじい音が尋問室に響いた。
アルヴェインの拳が、真正面からマグラの頬を殴り抜いたのだ。
身体は吹き飛び、拘束具が激しく軋む。
マグラの口から血が飛び散った。
「カルヴェスを殺す気でいたのか!!」
怒声。
それは王の声ではなかった。
弟を傷つけられた兄の声だった。
マグラは震えながら、血を吐きつつ叫ぶ。
「す、全てはアルヴェイン様のために……!」
その瞬間――
ぶわっとアルヴェインの身体から魔力が噴き出した。
空気が、ビリビリと痺れるように震える。
金色の瞳が獣のように細まり、逆立つ髪から魔力火花が散った。
「頼んだ覚えはない……」
低い。
あまりにも低い声。
侍従が震えながら差し出した焼き鏝を、アルヴェインは無言で受け取る。
赤熱した鉄塊が、じゅうじゅうと音を立てていた。
「ひっ……アルヴェイン様……!」
マグラが怯える。
だが、遅かった。
――ジュゥゥゥッ!!
そして、絶叫。
焼けた肉の臭いが室内に広がる。
アルヴェインは何度も、何度も、何度も焼き鏝を押し付けた。
「ァァアアアッ!!や、やめ――ッ!!アルヴェイン様ァァ!!」
悲鳴が響く。
だがアルヴェインの怒りは収まらない。
殺してしまいたいほど憎かった。
自分のためなどと言いながら、勝手に家族へ牙を向けた存在。
自分が守ろうとしているものを、理解した気になって踏みにじった存在。
胸の奥が煮えくり返る。
カルヴェスは、弟だ。
たった一人の――。
アルヴェインは深く息を吐いた。
熱くなり過ぎた頭を無理やり冷やすように。
王としての理性を、必死に拾い集めるように。
そして焼き鏝を床へ投げ捨てる。
カラン、と乾いた音。
「……カルヴェスを呼べ」
侍従が震えながら頭を下げる。
「は、はい……!」
扉が閉まる。
尋問室には、荒い呼吸音だけが残った。
アルヴェインは血のついた拳を見下ろす。
怒りか。
恐怖か。
それとも――。
自分でも分からなかった。
ただ確かなものはあった。
禁術は母を壊した。
――だから二度と誰にも触れさせない、と言う想い。
旧尋問室――
湿った石壁に、血と焦げた肉の臭いが染みついている。
ギィン、と重い鉄扉が開いた。
呼び出されたカルヴェスが、静かに姿を現す。
薄暗い部屋の中央。
拘束された男――マグラ。
長机に腰掛ける兄、アルヴェイン。
アルヴェインは感情を悟られぬよう、口元を手で覆ったまま、静かに弟を見据えた。
「……何の真似だ」
カルヴェスの声は低い。
怒りを押し殺した声だった。
アルヴェインは答えない。
ただ視線だけを、床へ転がる男へ向けた。
「……マグラ……」
カルヴェスの瞳が揺れる。
「地下研究棟の元魔術師だ。お前の部下だった男だ」
アルヴェインは淡々と告げた。
あまりにも静かな声。
だがその奥には、凍てつくような怒気が潜んでいた。
「昨夜、お前へ禁書を横流ししていたな」
カルヴェスの瞳が、僅かに揺れる。
ボロボロになったマグラを見たあと、カルヴェスはゆっくり兄へ視線を向けた。
その目は――軽蔑していた。
「……兄上」
「カルヴェス。俺は警告したはずだ」
「……」
「禁術へ関わるなと」
空気が張り詰める。
アルヴェインは静かに弟へ歩み寄った。
「だが、お前はやめなかった」
その声音は冷たい。
だが本心では違った。
――やめられなかったのだろう。
母を救いたかったから。
母を失いたくなかったから。
だからこそ許せなかった。
この男が。
マグラが。
弟の優しさを利用し、破滅へ引きずり込もうとしたことが。
――バキッ!!
鈍い音。
直後、絶叫。
アルヴェインは無表情のまま、マグラの指を一本、へし折った。
「ァアアアアアッ!!」
床を転げ回る男を、アルヴェインは見下ろす。
これで済んだことを幸福に思え。
本当なら、お前など今すぐ八つ裂きにしていた。
「兄上っ!!」
カルヴェスが叫ぶ。
アルヴェインは感情のない目で弟を見た。
「お前は母上を救いたいんじゃない」
その言葉に、カルヴェスの呼吸が止まる。
アルヴェインは弟の髪を掴み、無理やり顔を上げさせた。
「お前は、自分が正しいと証明したいだけだ」
「違う!」
「違わない」
即答だった。
冷酷なほど迷いがない。
アルヴェインの金色の瞳には、一切の揺らぎがなかった。
禁術からカルヴェスを遠ざけたい。
たとえ自分が憎まれても。
非道な兄だと思われても。
弟だけは。
弟だけは失いたくなかった。
「お前も父の血を引く者であるならば、国を思え」
カルヴェスの呼吸が速くなる。
アルヴェインは弟を突き放すように手を離した。
「監視を増やす。図書塔への立ち入りも禁止だ」
カルヴェスの目が見開かれる。
「ふざけるな……!」
アルヴェインは静かに背を向けた。
そして――
「母上との面会も禁じる」
その瞬間、カルヴェスの顔から血の気が引いた。
今の母は、俺たちを覚えていない。
お前が行っても、お前が傷つく事は俺は知っている。
だから――母のあんな姿はお前には見せたくない。
「……なっ!」
カルヴェスは言葉を失い、兄を睨みつけた。
その目には憎しみすら混じっていた。
アルヴェインは再び弟へ歩み寄る。
そして耳元で、静かに囁いた。
「これ以上続けるなら……次はお前を地下牢へ入れる」
冷たい声音。
王としての命令。
だがその胸の奥では、悲鳴のような感情が渦巻いていた。
――頼む。
これ以上、自分を壊さないでくれ。
お前が生きていてくれさえすれば。
俺は、もう何も望まないのだから――。




