表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王の血統  作者: ノニ
10/13

4a

アルヴェインはカルヴェスにつけた護衛から、何度も同じ報告を受けていた。


――カルヴェスが、夜毎に禁書庫へ出入りしている。


それも、アルヴェインが母アーヴェレッヘの元を訪れている時間と、ほぼ同じ刻限に。

禁書区域は王族であろうと自由には入れない。 許可証、封印鍵、監視術式。

幾重もの管理が敷かれた場所だ。

まして今のカルヴェスは監視下に置かれている身。

単独で侵入できるはずがない。

アルヴェインは静かに報告書を閉じた。


「……カルヴェスを禁書区域へ招き入れた者を探せ」


低い声だったが怒号ではない。

しかし、その場にいた護衛達の背筋を凍らせるには十分だった。


命令から僅か数日。

犯人はあっけなく見つかった。


名を――マグラ。


かつて母アーヴェレッヘの側近として仕え、共に禁術研究を行っていた男。

そして現在は、カルヴェス直属の部下として傍に控える魔術師だった。


報告を受けた瞬間、アルヴェインの目が細くなる。


「マグラを旧尋問室へ」


侍従達は命を受け素早く部屋を後にした。




王城北棟――旧尋問室。


そこはもう長らく使われていない部屋だった。

石壁には古い血痕が黒く染みつき、湿った冷気が床を這っている。

灯された魔導灯だけが、ぼんやりと室内を照らしていた。


拘束されたマグラは、額に汗を滲ませながら跪く。

その前に立つアルヴェインは、静かだった。

静かすぎて、逆に恐ろしいほどに。


「……申し開きはあるか」


低い声。

感情を押し殺した声音。

マグラは慌てたように顔を上げる。


「わ、私はアルヴェイン様をお慕いしております……!」


必死だった。

縋るようだった。


「国を脅かす可能性を……潰したかったのです」


アルヴェインの眉間に深い皺が刻まれる。


「潰す……とは?」


その瞬間、マグラは僅かに口元を歪めた。


「カルヴェス様はいずれ、アルヴェイン様の障害となる御方……。禁術の侵食が進めば、必ず――」


最後まで言わせなかった。


――ゴッ!!


凄まじい音が尋問室に響いた。

アルヴェインの拳が、真正面からマグラの頬を殴り抜いたのだ。

身体は吹き飛び、拘束具が激しく軋む。

マグラの口から血が飛び散った。


「カルヴェスを殺す気でいたのか!!」


怒声。

それは王の声ではなかった。

弟を傷つけられた兄の声だった。

マグラは震えながら、血を吐きつつ叫ぶ。


「す、全てはアルヴェイン様のために……!」


その瞬間――


ぶわっとアルヴェインの身体から魔力が噴き出した。

空気が、ビリビリと痺れるように震える。

金色の瞳が獣のように細まり、逆立つ髪から魔力火花が散った。


「頼んだ覚えはない……」


低い。

あまりにも低い声。


侍従が震えながら差し出した焼き鏝を、アルヴェインは無言で受け取る。

赤熱した鉄塊が、じゅうじゅうと音を立てていた。


「ひっ……アルヴェイン様……!」


マグラが怯える。

だが、遅かった。


――ジュゥゥゥッ!!


そして、絶叫。


焼けた肉の臭いが室内に広がる。

アルヴェインは何度も、何度も、何度も焼き鏝を押し付けた。


「ァァアアアッ!!や、やめ――ッ!!アルヴェイン様ァァ!!」


悲鳴が響く。

だがアルヴェインの怒りは収まらない。

殺してしまいたいほど憎かった。

自分のためなどと言いながら、勝手に家族へ牙を向けた存在。

自分が守ろうとしているものを、理解した気になって踏みにじった存在。

胸の奥が煮えくり返る。


カルヴェスは、弟だ。

たった一人の――。


アルヴェインは深く息を吐いた。

熱くなり過ぎた頭を無理やり冷やすように。

王としての理性を、必死に拾い集めるように。

そして焼き鏝を床へ投げ捨てる。

カラン、と乾いた音。


「……カルヴェスを呼べ」


侍従が震えながら頭を下げる。


「は、はい……!」


扉が閉まる。

尋問室には、荒い呼吸音だけが残った。

アルヴェインは血のついた拳を見下ろす。


怒りか。

恐怖か。

それとも――。


自分でも分からなかった。

ただ確かなものはあった。


禁術は母を壊した。

――だから二度と誰にも触れさせない、と言う想い。




旧尋問室――


湿った石壁に、血と焦げた肉の臭いが染みついている。

ギィン、と重い鉄扉が開いた。

呼び出されたカルヴェスが、静かに姿を現す。


薄暗い部屋の中央。

拘束された男――マグラ。

長机に腰掛ける兄、アルヴェイン。


アルヴェインは感情を悟られぬよう、口元を手で覆ったまま、静かに弟を見据えた。


「……何の真似だ」


カルヴェスの声は低い。

怒りを押し殺した声だった。

アルヴェインは答えない。

ただ視線だけを、床へ転がる男へ向けた。


「……マグラ……」


カルヴェスの瞳が揺れる。


「地下研究棟の元魔術師だ。お前の部下だった男だ」


アルヴェインは淡々と告げた。

あまりにも静かな声。

だがその奥には、凍てつくような怒気が潜んでいた。


「昨夜、お前へ禁書を横流ししていたな」


カルヴェスの瞳が、僅かに揺れる。

ボロボロになったマグラを見たあと、カルヴェスはゆっくり兄へ視線を向けた。

その目は――軽蔑していた。


「……兄上」


「カルヴェス。俺は警告したはずだ」


「……」


「禁術へ関わるなと」


空気が張り詰める。

アルヴェインは静かに弟へ歩み寄った。


「だが、お前はやめなかった」


その声音は冷たい。

だが本心では違った。


――やめられなかったのだろう。

母を救いたかったから。

母を失いたくなかったから。


だからこそ許せなかった。

この男が。

マグラが。

弟の優しさを利用し、破滅へ引きずり込もうとしたことが。


――バキッ!!


鈍い音。

直後、絶叫。

アルヴェインは無表情のまま、マグラの指を一本、へし折った。


「ァアアアアアッ!!」


床を転げ回る男を、アルヴェインは見下ろす。


これで済んだことを幸福に思え。

本当なら、お前など今すぐ八つ裂きにしていた。


「兄上っ!!」


カルヴェスが叫ぶ。

アルヴェインは感情のない目で弟を見た。


「お前は母上を救いたいんじゃない」


その言葉に、カルヴェスの呼吸が止まる。

アルヴェインは弟の髪を掴み、無理やり顔を上げさせた。


「お前は、自分が正しいと証明したいだけだ」


「違う!」


「違わない」


即答だった。

冷酷なほど迷いがない。

アルヴェインの金色の瞳には、一切の揺らぎがなかった。


禁術からカルヴェスを遠ざけたい。

たとえ自分が憎まれても。

非道な兄だと思われても。

弟だけは。

弟だけは失いたくなかった。


「お前も父の血を引く者であるならば、国を思え」


カルヴェスの呼吸が速くなる。

アルヴェインは弟を突き放すように手を離した。


「監視を増やす。図書塔への立ち入りも禁止だ」


カルヴェスの目が見開かれる。


「ふざけるな……!」


アルヴェインは静かに背を向けた。

そして――


「母上との面会も禁じる」


その瞬間、カルヴェスの顔から血の気が引いた。


今の母は、俺たちを覚えていない。

お前が行っても、お前が傷つく事は俺は知っている。

だから――母のあんな姿はお前には見せたくない。


「……なっ!」


カルヴェスは言葉を失い、兄を睨みつけた。

その目には憎しみすら混じっていた。

アルヴェインは再び弟へ歩み寄る。

そして耳元で、静かに囁いた。


「これ以上続けるなら……次はお前を地下牢へ入れる」


冷たい声音。

王としての命令。

だがその胸の奥では、悲鳴のような感情が渦巻いていた。


――頼む。

これ以上、自分を壊さないでくれ。

お前が生きていてくれさえすれば。

俺は、もう何も望まないのだから――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ