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王の血統  作者: ノニ
6/13

6

地下監視牢――

光の届かぬ石牢で、カルヴェスは静かに座っていた。

鉄格子。

封魔拘束具。

幾重にも刻まれた魔力封印術式。

普通の魔術師なら、一生抜け出せない。

王族ですら例外ではない。

それほどまでに厳重な牢だった。

だが――


「……浅い」


カルヴェスは虚ろな瞳で、自らの手首へ嵌められた封魔枷を見つめる。


アルヴェインは優秀だ。

術式も完璧に近い。


「俺に血の魔術を見せたのが間違いだったな……兄上」


掠れた笑みが漏れる。

カルヴェスはもう何日も眠っていない。

食事にも手を付けず、 ただ延々と術式を見続けていた。

封印術式の流れ。

魔力循環。

拘束構造。


最初は感情に呑まれていた。

だが憎悪はやがて冷えていく。

残ったのは執念だけだった。


――母を救えなかった。


その現実だけが、 カルヴェスの精神を研ぎ澄ませていく。


指先を噛み切り、血が滲む。

その血を、床へ描かれた封魔陣へ垂らした瞬間――


ジジッと術式が微かに軋んだ。

カルヴェスの濁った金眼が細められる。


「やはり……術式は魔力だけを見ている」


血は違う。

生命情報。

魂の波長。

存在そのもの。

血の魔術は、 通常魔術の理屈の外側にある。

だから封じ切れない。

カルヴェスは震える指で、 自らの腕へ爪を立てた。

肉が裂け、血が流れる。

だが止まらない。


「……もう少しだ……」


黒い紋様が腕を侵食していく。

激痛。 吐き気。 視界が歪む。

それでもカルヴェスは笑った。


「見ていてください……母上」


その瞬間だった。

――バキンッと音を立て、封魔枷へ亀裂が走る。

監視騎士達が顔色を変えた。


「なっ――!?」


次の瞬間、轟音が鳴り響く。

凄まじい魔力が地下牢を吹き飛ばした。

氷が爆ぜ、石壁が砕ける。

悲鳴が響く。

カルヴェスは崩れ落ちる瓦礫の中を歩く。

紅髪は半分白く変色し始めていた。

瞳は濁り、 肌には侵食紋様が浮かんでいる。

もう王弟の姿ではない。

騎士達が剣を抜く。


「止まれ!!」

「王命だ!!」


カルヴェスは立ち止まらない。

ただ一度だけ、 静かに視線を向けた。

その瞬間、騎士達の足元から氷柱が突き上がる。


絶叫。血飛沫。


カルヴェスは無言でその横を通り過ぎた。

もう何も感じなかった。

王城を出た時、 夜空には雨が降っていた。

カルヴェスの周りだけは、小さな雪の結晶と化していく。

カルヴェスは一度だけ振り返る。


王城。

母がいた場所。

兄がいる場所。

自分が生まれた国。


だがそこに、 もう帰る気はなかった。


「……終わった」

小さく呟く。


カルヴェスはこの夜死んだ。

王弟は消えた。

残ったのは、 禁術だけを抱えた亡霊。

彼は北へ向かう。

雪嵐の果て。 誰も寄り付かぬ極寒の地。

孤独の中で、 研究を完成させるために。


母の遺した記憶。

母の術式。

そして―― 自分自身を媒体にして。

兄への憎悪を燃料に。


吹雪の中、 男は静かに歩き続ける。

そして北の地で、 彼は己の名を捨てた。


"カルヴェス・リヴァセリア"ではない。


全て捨てた男は雪の中で、 静かに名乗る。


「……カリス」


白い吐息が夜へ溶ける。


「私は……カリス・ネヴァリエルだ」

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