表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王の血統  作者: ノニ
4/13

4

カルヴェスの生活は静かに変わっていった。

表向きは従順な王弟。

監視下に置かれた哀れな大魔術師。

誰もがそう思っていた。

だが実際は違う。

カルヴェスは諦めていなかった。

地下研究施設が封鎖されようと。

研究資料が焼却されようと。

監視を付けられようと。

そんなものでは止まれない。


夜。

王城図書塔最深部。

薄暗い禁書区画で、カルヴェスは黙々と書物を読み漁っていた。


古代魔術。

魂魄理論。

生命情報術式。


山のように積み上がる本。

濁った金の瞳は眠ることを忘れたように文字を追い続ける。

紙へ走らせる羽ペンの音だけが静寂に響いていた。


「……違う。これでも足りない……」


焼却された研究資料は多い。

だが、母の頭の中までは燃やせない。

カルヴェスは定期的にアーヴェレッヘの見舞いへ通った。


花を替え。

薬を飲ませ。

手を握る。

そして自然な会話の中で、少しずつ情報を引き出していく。


「母上、この前言っていた生命固定術式だけど……術者側と対象者の負荷は?」


「……魂の定着率によるわ……」


「侵食の根本原因は?」


「情報量の暴走……でも、媒体を変えれば……」


断片的な知識。

だがそれで十分だった。

カルヴェスはそれらを頭の中で繋ぎ合わせていく。

誰にも悟られないように。

監視の騎士達の前では疲弊したふりをした。

禁術研究から離れたように見せた。

時には兄の命令へ素直に従う姿すら演じた。

だがその裏で、禁術は静かに継承されていた。


深夜。

蝋燭の火だけが揺れる隠し部屋。

カルヴェスは自らの指先を短剣で切り裂く。

滴る血。

それを魔法陣へ落とした瞬間、赤黒い光が脈打った。

ズキリ、腕に痛みが走る。

黒い紋様が一瞬だけ浮かび上がった。

カルヴェスは息を呑む。


「……やはり、侵食するか」


だが恐怖はない。

むしろ確信だった。

母は間違っていない。

これは未完成だから危険なのだ。

不完全な術式だから術者を壊す。

制御出来ないから侵食される。


ならば――

完成させればいい。


カルヴェスは震える指で術式を書き足していく。


「禁術は母を壊した……」


ぽつりと呟く。


「だからこそ……完成させれば救うことが出来る」


それは狂気にも似た終着だった。

愛する母を救いたい。

その願いだけが、カルヴェスを突き動かしていた。

気づけば彼の目元には隈が刻まれ、指先にはインクと血が染み付いていた。

眠る時間すら惜しい。

兄に否定されようと。

世界に禁術と呼ばれようと。

関係ない。

母が笑ってくれるなら。

そのためなら、自分が壊れても構わなかった。



数日後――

カルヴェスは王城西棟の廊下を歩いていた。

窓から差し込む夕陽が、赤く床を染めている。

その後ろには、今日も監視役の騎士が二人。

カルヴェスは苛立ちを押し殺しながら歩みを進める。

その時だった。


「カルヴェス様」


振り返ると、黒衣の近衛騎士が立っていた。


「陛下がお呼びです」


カルヴェスは眉をひそめた。

玉座の間ではなく、呼ばれた先は王城北棟――旧尋問室だった。

重い鉄扉。

冷たい石壁。

湿った空気。

カルヴェスが足を踏み入れた瞬間、扉が背後で閉まる。


ギィン――


耳を突く嫌な音だった。

室内中央、長机に腰掛けるアルヴェイン。

黒髪を後ろへ流し、組んだ指へ顎を乗せている。

王冠はない。

だが、その瞳だけで十分だった。

王の目。


「……何の真似だ」


カルヴェスの声は低い。

アルヴェインは答えない。

代わりに視線だけを横へ向けた。

そこには――拘束された男がいた。


「……マグラ……」


「地下研究棟の元魔術師だ。お前の部下だった男だ」


アルヴェインが淡々と言う。


「昨夜、お前へ禁書を横流ししていたな」


カルヴェスの瞳が僅かに揺れた。

マグラはボロボロだった。

顔には痣。

身体には幾つもの焼印。

尋問されたのだと一目で分かる。


「……兄上」


カルヴェスが睨みつける。

アルヴェインは静かに立ち上がった。


「カルヴェス。俺は警告したはずだ」


「……」


「禁術へ関わるなと」


空気が張り詰める。

アルヴェインはゆっくりカルヴェスへ近づいた。


「だが、お前はやめなかった」


その瞬間だった。


――バキッ!!


鈍い音、その直後男の悲鳴。

アルヴェインの握ったマグラの指が不自然な方向を向いていた。

監視騎士達が息を呑む。


「兄上っ!!」


アルヴェインは感情のない目で弟を見下ろす。


「お前は母上を救いたいんじゃない」


アルヴェインは弟の髪を掴み、無理やり顔を上げさせた。


「お前は、自分が正しいと証明したいだけだ」


「違う!」


「違わない」


被せるような冷酷な即答。

アルヴェインの金眼には一切の揺らぎがなかった。


「お前も父の血を引く者であるならば、国を思え」


カルヴェスの胸が激しく上下する。


怒り。

屈辱。

憎悪。

だが、それ以上に。

兄に理解されない痛み。


アルヴェインは弟を突き放すように手を離した。


「監視を増やす。図書塔への立ち入りも禁止だ」


カルヴェスの目が見開かれる。


「ふざけるな……!」


アルヴェインは、静かに振り返り言った。


「母上との面会も禁じる」


世界が止まった。

カルヴェスの瞳から感情が消える。


「……なっ!」


カルヴェスは声にならない。

アルヴェインは冷たい目で弟を見る。


「お前は母上を利用している」


「違う!!俺は母上を助けたいだけだ!!」


兄はゆっくり弟へ歩み寄る。

そして耳元で囁いた。


「これ以上続けるなら……次はお前を地下牢へ入れる」


その声音には、一切の揺らぎはなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ