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王の血統  作者: ノニ
3/13

3

それから、カルヴェスの周囲には常に人の気配が付き纏うようになった。

廊下を歩けば騎士。

研究室へ向かえば侍従。

食事の時間ですら、視線が離れない。

監視だった。

名目上は「護衛」

だが、そんなものを信じるほどカルヴェスは愚かではない。


まるで罪人だ。


いや――実際、兄はもう自分を罪人として見ているのかもしれない。

王城の長い廊下を歩きながら、カルヴェスは小さく笑った。


「……牢獄と変わらないな」


その呟きに、後ろを歩く騎士達は反応しない。

命令されているのだろう。


――カルヴェスを刺激するな。


兄らしい。

感情より秩序。

優しさより管理。

昔は違った。

もっと笑う人だった。

もっと感情を見せる兄だった。

それなのに――あの日を境に、アルヴェインは変わった。

カルヴェスを見る目が変わったのだ。

まるで危険物でも見るような視線。

あるいは――理解不能な化け物を見るような目。


「禁術……か……」


カルヴェスは静かに目を伏せる。

血の魔術。

確かに危険だ。

術者を侵食し、生命を削り、死の領域へ踏み込む。

だが、それでも。

母を助けられる。

それだけで十分だった。

なのに、兄は理解しない。

理解しようともしない。

怒りが胸の奥で静かに燻る。

王城の最奥。

白薔薇の紋章が刻まれた扉の前で、カルヴェスは足を止めた。

護衛騎士が扉を開ける。

室内には、薬草の香りが満ちていた。


大きな窓。

白いカーテン。

静かな空気。

そして中央のベッドには、アーヴェレッヘが横たわっていた。


かつて誰よりも美しかった王妃は今や見る影もない。


頬は痩せ、唇は白い。

赤黒かった髪には灰色が混じり始めている。


何より――侵食。


初めは右手だけだった黒い紋様が、首筋まで浮かんでいた。

カルヴェスの胸が締め付けられる。


「……母上」


静かな声に、アーヴェレッヘはゆっくり目を開けた。


「……カルヴェス」


弱々しい笑みだった。

カルヴェスはベッド脇へ歩み寄ると、持ってきた花を花瓶へ飾った。

白い花。

母が好きだった花だ。

昔、父と庭園で眺めていたという。

その記憶が脳裏を過ぎる。

カルヴェスは何も言わず、母の手を握った。

生きている人の温度ではないほどに冷たい。

胸の奥に黒い感情が滲む。


兄が研究を止めなければ。

地下施設を封鎖しなければ。

今頃――母は助かっていたかもしれないのに。


カルヴェスは唇を噛み締める。

アーヴェレッヘは苦しそうに息を吐きながら、それでも穏やかに微笑んだ。

カルヴェスはすぐに目を伏せた。

そして母の手を両手で包み魔力を流し込む。

侵食を抑える術式。

痛みを緩和するための治癒魔法。

何度も何度も試した。

だが――止まらない。

血の魔術による侵食は、普通の治癒ではどうにもならなかった。


まるで呪いのようだった。


カルヴェスの額に汗が滲む。

それでも魔力を注ぎ続けた。

少しでも――母の苦痛を減らしたかった。


「……アルヴェインは、元気にしているかしら……?」


アーヴェレッヘが弱々しく微笑みながら尋ねた。

その声には、王妃ではなく、ただ息子を心配する母の響きがあった。

カルヴェスは一瞬だけ言葉に詰まる。

胸の奥が、鈍く軋んだ。

だが次の瞬間には、柔らかな笑みを作っていた。


「ああ、元気にしているよ。今はまだ国のことで忙しいと言っていたけれど……落ち着いたら一緒に来るから」


優しい嘘だった。

アーヴェレッヘは安心したように目を細める。


「そう……無理をしていないといいのだけれど……」


カルヴェスは微笑んだまま、母の手を握る。

しかし内心では、黒い感情が静かに渦巻いていた。


――無理?


無理をしているのは母の方だ。


命を削り、血を流し、侵食され苦しんでいる。

それなのに兄は何をしている?


国務。

政治。

会議。


そんなものを理由に、母から逃げているだけだ。

見舞いにすら来ない。


カルヴェスは視線を部屋の花瓶へ向けた。

白い花。

自分が替えたものだ。

いつ来ても同じ花だった。

つまり――アルヴェインは来ていない。

もし来ているなら、使用人達が花を替える。

部屋の空気も変わる。

だが何一つ変化がない。

この静かな部屋だけが、まるで時間が止まってしまっているかのように。

カルヴェスは唇を噛み締めた。

兄は母を見捨てたのだ。

あれほど愛されていたのに。

あれほど期待されていたのに。

王という立場を理由に。


冷徹で。

合理的で。

非情な王。


それが今のアルヴェインだった。


「カルヴェス?」


アーヴェレッヘの声に、はっと顔を上げる。


「どうしたの……?」


カルヴェスは慌てて微笑みを作った。


「……なんでもない」


嘘だった。

本当は怒りで胸が焼けそうだった。

母は今も兄を心配している。

それなのに兄は――見舞いにすら来ない。

カルヴェスは母の手をそっと撫でた。

細かつて自分達を抱き締めてくれた手とは思えないほど、弱々しかった。


「……母上」


「なあに?」


カルヴェスは少し迷い、そして静かに口を開く。


「もし……もし父上が戻ってきたら……母上は幸せだろうか?」


アーヴェレッヘの瞳が揺れた。

次の瞬間、彼女は泣きそうなほど優しく微笑んだ。


「ええ……もちろん……」


その笑顔を見た瞬間だった。

カルヴェスの中で、何かが決定的に壊れた。

――やはり、この研究は完成させなければならない。

たとえ兄に背こうとも。

たとえ禁術と呼ばれようとも。

母を救えるのは、自分だけなのだから。

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