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王の血統  作者: ノニ
2/13

2

王城、執務塔最上階――


重厚な扉の向こうでは、夜だというのにまだ灯りが消えていなかった。

山積みの書類――

玉座に座る暇すらなく、机に向かい続ける青年。


アルヴェイン。


黒髪を無造作にかき上げながら、彼は深く息を吐いた。


「……まだ終わらないか」


疲労は濃い。

だが瞳だけは鋭さを失っていない。


父王亡き後研究に没頭する王妃、実質的に国を治めているのは彼だった。

崩れかけた政治。

混乱する貴族。

不安を抱える民。

それら全てを、二十代半ばの青年がたった一人で支えている。


コンコン――


ノック音。


「入れ」


扉が開き現れたのは、紅い髪の青年、カルヴェスだった。


黒を基調とした魔術師衣装。

金の瞳はどこか疲れていた。

アルヴェインは弟の姿を見るなり、ペンを置く。


「母上は」


単刀直入だった。

カルヴェスは数秒沈黙する。

その沈黙だけで、アルヴェインの眉間には深い皺が刻まれた。


「……正直に言え」


カルヴェスは視線を逸らし、小さく息を吐く。


「侵食率は三割を超えた」


部屋の空気が凍る。

アルヴェインの指先がぴくりと動いた。


「……早すぎる」


「血の魔術への適応が異常なんだ。常人ならとっくに精神が崩壊してる」


カルヴェスは淡々と言った。

だが、その声には僅かな震えが混じる。


「母上は、自分を魔術回路として作り替えてる」


アルヴェインが目を細める。


「そんなことを続ければ……」


「死ぬ」


カルヴェスは即答した。


沈黙――


窓の外の夜風の音だけが響く。

アルヴェインは椅子にもたれ、疲れたように目を閉じた。


「……止められないのか」


「止まるなら、とっくに止まってる」


カルヴェスは静かに兄を見る。


「兄上だって分かってるだろ」


母はもう、正常ではない。

父を失ったあの日から――もう。

アルヴェインは拳を握った。


「俺は……国を守らなければならない」


その声は、自分に言い聞かせるようだった。


「王家が崩れれば民が死ぬ。貴族は腐り、他国は侵略してくる。だから俺は父上の残した国を守るしかない」


カルヴェスは静かに兄を見つめる。


「……兄上は昔からそうだ」


「何がだ」


「全部、一人で背負う」


アルヴェインは鼻で笑った。


「背負わなければ、この国は終わる」


カルヴェスは机へ歩み寄る。

積み上がった書類へ視線を落とした。


「兄上は王に向いてるよ」


突然の言葉だった。

アルヴェインが眉をひそめる。


「嫌味か?」


「いや」


カルヴェスは静かに首を振る。


「俺には無理だ」


紅い髪が揺れる。


「俺は母上に似た」


その声音はどこか自嘲的だった。


「知識を追い求めることしか出来ない」


カルヴェスは、自分の指先を見る。

そこには薄く魔力侵食の痕が浮かんでいた。

アルヴェインの瞳が鋭く揺れる。


「……お前」


兄は知っている。

カルヴェスは優秀だ。

だからこそ危うい。

母アーヴェレッヘと同じように――

一線を越えられる者だった。


カルヴェスは指先に視線を落としたまま、しばらく口を開かなかった。

だがやがて、何かを決意したように静かに息を吐く。


「……兄上」


アルヴェインは机に肘をついたまま視線だけを向けた。

カルヴェスは口を開く前に一瞬躊躇した。

珍しいことだった。

普段の彼はもっと淡々としていた。


「……母上を助ける方法なら、ある」


ギィッと椅子が激しく音を立てた。

アルヴェインが勢いよく立ち上がり、金の瞳が見開かれていた。


「……何だと?」


空気が震えるほどの圧があった。

カルヴェスは兄を真っ直ぐ見返す。


「母上の研究を俺が完成させる」


沈黙。


アルヴェインの表情から感情が消えた。

カルヴェスは更に続ける。


「血の魔術を俺が引き継ぐ」


――バンッ!!


凄まじい音と共に机が揺れた。

アルヴェインの拳が叩きつけられていた。

積み上がった書類が床へ散らばる。


「馬鹿なことを言うな!!」


怒声。

しかし、カルヴェスは微動だにしない。


「本気だ」


「正気かお前!!」


アルヴェインが手を振り払った拍子に、インク瓶が床で砕け散った。


「母上が何故ああなったと思っている!!」


「理解してる」


「理解していない!」


アルヴェインは弟の胸倉を掴み、そのまま壁へ叩きつけた。


「あんなもの……呪いだ」


アルヴェインの呼吸は荒かった。


「魂を冒涜し、死を捻じ曲げる魔術だ!!人の手で触れていい領域じゃない!!術者と対象の負担も大きすぎる!!」


カルヴェスは苦しそうに眉を寄せながらも、静かに兄を見る。


「でも、母上は助かる!」


その一言だった。

アルヴェインの瞳が揺れる。

カルヴェスは続けた。


「侵食を止める術式も八割方解析した」


「カルヴェス」


カルヴェスが珍しく声を荒げた。


「侵食を逆流させればいい!血を媒介に生命情報を書き換えれば――」


「黙れ」


アルヴェインの一言で空気が凍る。

カルヴェスは息を呑んだ。

兄の金の瞳は、王の目だった。

アルヴェインはゆっくりと弟へ歩み寄る。

そして静かに告げた。


「地下の研究施設を封鎖する」


カルヴェスの目が見開かれる。


「……?」


「全ての研究資料は焼却。関係者は監視下に置く」


淡々とした宣告。

カルヴェスは信じられないものを見るように兄を見つめた。


「な……何を言って――」


「血の魔術は禁術とする」


アルヴェインは冷たく言い放つ。


「今後一切――関わるな」


その瞬間。


「ふざけるな!!」


カルヴェスが兄へ掴みかかった。

胸倉を掴み、激しく睨み上げる。


「あと少しなんだ!!あと少しで母上は助かるのに、なんで止める!!」


アルヴェインは微動だにしなかった。


「これは母上だけの話じゃない!」


カルヴェスの叫びが響く。


「死を覆せるんだぞ!? この研究が完成すれば、病も、寿命も、戦争で死んだ人間すら――」


「だからだ」


アルヴェインの声は冷たかった。

カルヴェスの身体が止まる。

アルヴェインは弟の手をゆっくり掴み、自分の胸元から引き剥がす。


「血の魔術は、国を滅ぼす。人は必ず欲に呑まれる。死者蘇生など完成すれば、王族も貴族も他国も黙っていない」


カルヴェスは唇を噛み締める。


「国の治安と存続に関わる」


「……っ」


「お願いしているのではない。王の命令だ」


宣告だった。

カルヴェスは震える拳を握る。

目の前にいるのは、もう兄ではない。

王だった。

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