表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王の血統  作者: ノニ
1/13

1

王城の地下深く――

陽の光すら届かぬ冷たい石造りの研究室に、女の声だけが響いていた。


「あと少し……あと少しで完成する……」


机一面に広がる魔術式。

床には幾重にも重なった巨大な陣。

青白い魔力光が地下室を不気味に照らし、空気には焦げた薬品と血の匂いが混じる。


中央に立つ女――アーヴェレッヘは、指で血を滴らせ震えながら術式を書き足していた。

赤黒い長い髪は乱れ、唇は乾き切っている。

それでもその瞳だけは異様な熱を宿していた。


「これが完成すれば……死は……覆る……」


掠れた声。

しかし次の瞬間。

ふらり――

アーヴェレッヘの身体が傾く。


「あ……」


支える者は誰もいない。

そのまま力尽きるように床へ倒れ込んだ。

パタリ、と乾いた音が地下室に響く。


「アーヴェレッヘ様!!」


周囲にいた魔術師たちが一斉に駆け寄った。

ローブを翻し、顔色を変えながら彼女を抱き起こす。


「脈が弱い……!」

「魔力消耗が限界を超えている!」

「回復術式を!」


慌ただしい怒号が飛び交う。

しかし、アーヴェレッヘは虚ろな瞳のまま、震える指を魔術陣へ伸ばした。


「まだ……終わって……いない……」


その指先は血で赤く染まっている。

爪は割れ、皮膚は焼け爛れていた。

それでも彼女は止まらない。

狂気にも似た執念。


「完成……させなければ……」


地下室の巨大な魔法陣が、まるで彼女の執念に呼応するように、不気味な脈動を始めていた。


彼女が目を覚ました時、視界に映ったのは見慣れた天井だった。

重厚な彫刻が施された白い天蓋。

微かに香る薬草と消毒用の香。

王族の私室――。


「……また、失敗してしまった……」


掠れた声で呟き、アーヴェレッヘはゆっくり身体を起こそうとする。

だが、まるで全身に鉛を流し込まれたように重い。


「っ……」


かろうじて持ち上げた右腕を見て、彼女は小さく息を呑んだ。

細く白かったはずの腕は、赤黒く変色していた。

皮膚の下を這うように黒い紋様が浮き出ている。

まるで呪いが血管を侵食しているかのようだった。

その時――カツ、カツ、カツ。

静かな部屋に、硬いブーツ音が響く。

バンッ!!と激しく扉が開かれた。


「母上!!」


鋭い声が部屋に響く。

アーヴェレッヘがゆっくり視線を向ける。

そこに立っていたのは、二人の青年だった。

一人は、艶やかな黒髪を後ろへ流した青年。

鋭い金の瞳。

張り詰めた空気を纏い、立っているだけで周囲を支配するような威圧感がある。

そしてもう一人。

紅の髪に金の瞳を持つ青年。

冷たい美貌と、静かに燃えるような瞳。

兄とは違う気配を持ちながらも、こちらもまた威圧を放っていた。

二人は母の変色した腕を見た瞬間、表情を強張らせる。

黒髪の青年が怒りを押し殺した声で言った。


「……いい加減にして下さい……」


対して紅の髪の青年は、ベッド脇へ歩み寄り、そっとアーヴェレッヘの腕へ触れる。


「……魔力侵食が進んでいる」


その声には焦りが滲んでいた。

アーヴェレッヘは二人を見上げ、小さく微笑む。


「大丈夫よ……もう少しで完成するの……」


その言葉に、黒髪の青年は眉を歪めた。


「まだ、その研究を続けるつもりですか」


空気が張り詰める。

しかしアーヴェレッヘの瞳は狂気じみた熱を宿したまま、静かに微笑み返す。


「私の命と引き換えても完成させるわ……」


それは、静かな声だった。

黒髪の青年の金の瞳が鋭く揺れた。


「……母上は、自分が何を言っているのか理解しているのですか」


低く抑えられた声。

だが、それが逆に激情を際立たせていた。

アーヴェレッヘはそんな息子を見つめ、ふっと儚く笑う。


「理解しているわ、アルヴェイン……」


その名を呼ばれた青年は唇を噛み締めた。

一方、ベッド脇にいた紅の髪の青年は、母の腕を撫でるように触れながら静かに呟く。


「侵食速度が早すぎる……」


指先に触れる皮膚は熱を帯び、黒い紋様は脈打つように広がっていた。

まるで生きている呪い。


「カルヴェス……」


アーヴェレッヘが優しく息子の名を呼ぶ。

しかしカルヴェスは顔を上げずに問いかける。


「……どうして、ここまでして――父上のためですか」


その瞬間、部屋の空気が変わった。

アルヴェインがゆっくり顔を伏せる。

カルヴェスもまた、母の腕を掴む指に力を込めた。

アーヴェレッヘは数秒沈黙したあと、小さく目を細める。


「ええ……そうよ……」


その答えに、アルヴェインが堪えていた感情を吐き出すように声を荒げた。


「父上はもう死んだ!!」


怒声が部屋に響く。

窓辺の燭台の火が震えた。


「何年経ったと思っているんです!!国政は混乱し、貴族たちは不安を隠しきれていない! それなのに貴方は地下に籠もり、魔術の研究に没頭!死者を蘇らせようとまでしている!!」


「兄上」


カルヴェスが低く制止する。

だが兄は止まらなかった。


「母上は王妃だ!一人の女ではない!!」


怒鳴った直後、沈黙――


アーヴェレッヘは静かに息子を見つめていた。

怒りもない。

悲しみもない。

ただ――どこか壊れたような瞳。


「……私は王妃になりたかったわけじゃないの……」


アルヴェインの呼吸が止まる。


「ただ、あの人と生きたかっただけ……」


そう呟いた瞬間、アーヴェレッヘの瞳から、一筋だけ涙が零れ落ちた。


「死さえ越えて――必ず……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ