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王妃アーヴェレッヘの葬儀が終わった後。
カルヴェスは地下監視牢から姿を消した。
破壊された拘束術式。 凍りついた鉄格子。 倒れ伏す騎士達。
残されていたのは、 吹雪のような膨大な魔力痕だけだった。
報告を受けた家臣達は騒然となった。
すぐに追手を出すべきだ。 国家反逆罪で指名手配すべきだ。 禁術研究者として処刑対象に――
誰もがそう進言した。
だが、玉座に座るアルヴェインは、 静かに言った。
「追う必要はない」
広間が凍りついた。
「陛下……!?」
側近が息を呑む。
アルヴェインは書類へ視線を落としたまま、 淡々と続けた。
「好きにさせろ」
その声には、 怒りも憎しみもなかった。
ただ、 長い戦いが終わったような静けさだけがあった。
その日から、 王都では噂が広まった。
王アルヴェインは冷酷な男だ、と。
母を壊した、弟を切り捨てた、 逃亡しても追わなかった。
王ですらなく、 化け物だと囁く者もいた。
だがアルヴェインは気にしなかった。
執務室の窓から空を見上げ、 僅かに目を細める。
――生きたか。
その事実だけで、 十分だった。
もう禁術でも、 母でも、 王家でもない。
どこでもいい。
誰にも縛られず、 弟が生きていてくれるなら。
それだけで良かった。
それから数百年――
アルヴェインは王として国を治め続けた。
王妃に恵まれ、 子を授かり、 老いてなお民に敬われた。
名君だった。
だが晩年になっても、 アルヴェインは時折、 遠くを見るような目をしていた。
誰を思い出しているのか、 家族は皆知っていた。
ある夕暮れ、死期を悟ったアルヴェインは、 寝台で静かに横たわっていた。
周囲には王妃と、 成長した子供達。
その中の一人が、 ずっと胸に抱いていた疑問を口にする。
「……叔父上は、何故探さなかったのですか」
静かな問いだった。
アルヴェインは、 しばらく黙っていた。
窓から差し込む夕陽が、 老いた横顔を赤く染める。
やがて彼は、 小さく息を吐いた。
「……生きていてくれさえすれば、何も望まない」
その言葉に、 部屋は静まり返った。
王としてではない。
兄としての、 たった一つの願いだった。
アルヴェインはゆっくり目を閉じる。
長い人生だった。
守れたものもある。
壊したものもある。
だが最後の最後で、 彼の脳裏に浮かんだのは、 王国でも家族でもなかった。
雪の日に笑っていた、 幼い弟の姿だった――
乾いた唇が、 静かに動く。
「……一目でいいから」
呼吸が浅くなる。
「姿を……見たかった」
それが、アルヴェイン王の、 最期の言葉だった。




