第二章 リサの孤独な帰り道
店を飛び出した瞬間、夕方の風がリサの頬を刺した。
初夏のはずなのに、やけに冷たく感じる。
「……もう、知らない」
そう口にしてみても、胸の奥のざわつきは消えなかった。
怒っているのか、悲しいのか、自分でもよくわからない。
ただ、あの場にいたくなかった。
金髪が風に揺れ、制服のスカートがひらりと翻る。
リサは早足で歩きながら、さっきの光景を思い返した。
――翔子の、あの困った顔。
「返す言葉もないわね」
そう言ったときの、あの小さな声。
(……あれ、絶対に傷つけたよね、私)
わかっている。
わかっているのに、素直に謝れなかった。
「だって……だってさ……」
言い訳のように呟く。
「翔子と遊びたかったんだもん……」
声が震えた。
自分でも驚くほど、胸がぎゅっと締めつけられる。
喫茶店「樹」は、リサにとって“帰る場所”だった。
シャロンの優しい笑顔も、翔子の静かな気配も、全部が心地よかった。
だからこそ、あの空気に耐えられなかった。
「……はぁ」
ため息がこぼれる。
夕暮れの街は、家路につく人たちで賑わっているのに、リサだけが取り残されたようだった。
信号待ちの横断歩道で、ふとスマホを取り出す。
翔子からのメッセージは来ていない。
(……そりゃそうだよね)
自分から飛び出しておいて、期待してしまう自分が情けない。
「もう……映画でも観よ」
思いつきで呟いた。
考えたくないときは、別の世界に逃げ込むのが一番だ。
駅前の映画館は、ちょうどゴールデンウイーク前で新作が多い。
リサはそのまま足を向けた。
映画館のロビーは、ポップコーンの甘い匂いと人々のざわめきで満ちていた。
リサは上映スケジュールを眺め、深く考えずにチケットを買う。
一本目。
二本目。
三本目。
気づけば、四本目のエンドロールが流れていた。
「……さすがに疲れた」
椅子から立ち上がると、足がふらついた。
頭もぼんやりしている。
映画の世界に逃げ込んでいる間はよかった。
でも、現実に戻れば、胸の痛みは消えていない。
ロビーのソファに座り込み、リサは天井を見上げた。
「どこかで休憩しよ……」
立ち上がり、映画館を出る。
そのとき、ショッピングモールの吹き抜けから、派手なアナウンスが聞こえてきた。
「スーパー没入体験! デジタルフルダイブ Type β、ただいま無料体験受付中〜!」
リサは思わず足を止めた。
「……なにそれ?」
疲れた頭に、その言葉だけが妙に引っかかった。
そして、リサの運命は、静かに動き始める。




