第十章 ハートの女王との対面
小さな扉をくぐった瞬間、リサは思わず息を呑んだ。
目の前に広がるのは、赤と金を基調とした壮麗な大広間。
天井は高く、巨大なシャンデリアが宝石のように輝いている。
壁にはハートの紋章がびっしりと飾られ、床の赤い絨毯は奥の玉座へとまっすぐ伸びていた。
「すご……お城って、こんなに豪華なんだ……」
リサが呟いたそのとき――
「ひざまずけぇぇぇぇ!」
甲高い声が響き渡った。
リサはびくっとして振り返る。
そこには、真っ赤な鎧を着たトランプ兵たちが整列していた。
「女王陛下のおなーりー!」
大広間の奥、玉座の影から、ゆっくりと一人の女性が姿を現した。
真紅のドレスに、ハート型の王冠。
金色の髪を高く結い上げ、扇子を優雅に揺らしている。
ハートの女王――
その存在感は圧倒的だった。
「あなたが……女王様?」
リサが恐る恐る尋ねると、女王は扇子をぱたんと閉じた。
「そうよ。わたくしがハートの女王。
そしてあなたが……新入りの「アリス」ね?」
「え、えっと……帰り道を塞いでる理由を知りたくて……」
女王はリサをじろりと見つめ、にやりと笑った。
「理由が知りたい? ならば――」
扇子を高く掲げる。
「わたくしとクロッケーで勝負なさい!」
「クロッケー!?」
リサは思わず声を上げた。
女王は満足げに頷く。
「そうよ。勝てたら秘密を教えてあげる。
負けたら……まぁ、どうなるかはお楽しみね」
トランプ兵たちがざわざわと笑う。
(絶対ろくなことにならない……!)
でも、ここまで来た以上、引き下がるわけにはいかない。
リサは深呼吸して言った。
「……わかった。やるよ!」
女王は満足げに手を叩いた。
「よろしい! では、庭園へ参りましょう!」
◆ 女王の庭園でのクロッケー勝負
庭園に出ると、そこはさらに奇妙な光景だった。
芝生の上にはフラミンゴが並び、
ハリネズミが丸くなって転がっている。
「これ……クロッケーの道具?」
白ウサギが小声で言う。
「そうだよ……ワンダーランド式はこうなんだ……」
女王はフラミンゴをひょいと持ち上げ、リサに渡した。
「さぁ、始めましょう!」
リサはフラミンゴを持ち、ハリネズミを打とうとするが――
「ちょ、ちょっと! 動かないでよ!」
ハリネズミはころころ逃げ回る。
フラミンゴも首を曲げてリサを見つめ、まったく言うことを聞かない。
「なんで私のほう見てるの!? 前向いてよ!」
女王は優雅にフラミンゴを振り下ろし、
ハリネズミを完璧な角度で打ち出した。
「ほほほ! わたくしの勝ちね!」
「ずるい! 絶対慣れてるでしょ!」
「当然よ。わたくしは女王ですもの」
リサは必死に食らいつくが、
フラミンゴは気まぐれに羽ばたき、
ハリネズミは突然寝転び、
トランプ兵はこっそりコースを変える。
「ちょっと! 兵隊さん、今コース動かしたでしょ!」
「気のせいであります!」
「気のせいじゃないよ!」
結局、勝負は――
女王の圧勝だった。
「オーホッホッホッ!わたくしの大勝利だわ!ざまあみなさい!」
(やったわ、わたくし初めてアリスに勝ったのよ!)
物語では結局いつもアリスが勝って、女王が負けてしまっていた。
もちろんそうでなければ物語は進まない。
しかし何百回、何千回、何万回と負けを繰り返すうち、女王は嫌気がさしていたのだ。
◆ 女王の気まぐれな“ご褒美”
女王は勝ち誇ったように扇子を広げた。
「ふふん、わたくしの勝ちね。
でも、あなた頑張ったわ。気分がいいから特別に教えてあげる」
リサは息を呑む。
「通路を塞ぐよう命じたのは……」
女王は扇子で口元を隠し、声を潜めた。
「――ハートの王よ」
「王様が!?」
リサは目を見開いた。
女王は肩をすくめる。
「わたくしの相手がいなくなるのが嫌だったんでしょうね。
だから兵隊たちに命じて、誰も帰れないようにしたのよ」
「そんな理由で……!」
「でも、もう十分楽しんだから(ホントはアリスに勝ったから)、通路は開けていいわよ」
女王は軽く手を振った。
「兵隊たちに伝えておくわ。さぁ、帰りなさい」
リサは深く頭を下げた。
「ありがとう、女王様!」
女王は満足げに微笑んだ。
「また遊びにいらっしゃい。
……今度は、もっと強くなってからね?」
リサは苦笑しながら庭園を後にした。
(よし……これで帰れる!
翔子にも、シャロンさんにも……ちゃんと謝れる!)
胸の奥が、ぽっと温かくなる。




