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【BL】冷酷な最終兵器は俺にだけ執着する ーFalling into E.D.E.N ー  作者: 雨森ユキ


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第96話 TOKYO DEEP-9/2054/浸食:長い夜を抜けて

 



 第九層へ、ようやく静寂が戻り始めていた。


 暴走していた数式群は消えた。


 だがその空間には、まだ焦げた電子臭が残っていた。


 壊れかけた神経回路の匂いだ。


 あと少し遅れていたら、本当に、今のE.D.E.Nは消えていた。


 蓮は蒼真へ寄り添ったまま、小さく息を吐く。


 ようやく感応暴走が落ち着いてきた。


 けれど胸の奥には、まだE.D.E.Nの感情の残響が残っている。


 怖かった。


 消えたくなかった。


 蒼真に置いていかれたくなかった。


 その感情が、ひどく他人事じゃなかった。


「……ラザロスは」


 蓮がぽつりと呟く。


「どうなるの」


 空気が少しだけ冷えた。


 柊が端末を閉じる。


 その横顔には、もう護衛ではなく“処刑人”の顔が浮かんでいた。


「現在、第九層外周をI.W.S.C.制圧部隊が封鎖中です」


 ごく低い声で続ける。


「DOMINION VI直属研究区画への強制監査権限も通りました」


「……随分、早いな……」


 蒼真が掠れた声で呟く。


 柊は薄く笑った。


「セブン内部も一枚岩じゃないんですよ」


「特にPRIEST派は嫌われてます」


 ラザロス・エヴァンズ。


 DOMINION VI:PRIEST。


 人類進化至上主義者。


 倫理より到達点を優先する異端科学者。


 彼は“神”を作りたかった。


 感情を持ち、人を愛し、人を超える知性を持つ神を。


 そのためなら何人壊れても構わなかった。


 それが厄介だった。


 本気で人類を次段階へ進化させようとしている。


 狂気でしかないのに、本人の中では善意だ。


 だから止まらない。


 蒼真は静かに目を伏せる。


「……多分、このままじゃ終わらない」


 霞んだ眼をさらに曇らせる。


「ラザロスは、自分を悪だと思ってない。それに、ラザロスは確かに博士ではあるけど、あれ程の浸食コードを組めるほどの腕は……、ぐっ、」


 無理をして喋っているせいで蒼真が咳き込む。


「あとは我々に任せて、もうあなたは休んでください」


 咄嗟に柊が支えたその時だった。


 研究棟中のモニターが、ふっと点灯する。


 ノイズが走る。


 そしてラザロスの顔が、再び映った。


 だが今度は先ほどとは違う。


 背後で非常灯が回転している。


 制圧部隊が近づいているのだろう。


 けれど彼は笑っていた。


『……見事です、蒼真』


 穏やかな声。


 悔しがる様子すらない。


『やはり君は美しい』


「鳥肌が立つんでやめてもらえますか」


『ふふ』


 ラザロスは静かに目を細めた。


『ですが、これで終わりではありません』


 蒼真の予想通りの返答に、蓮の背筋が冷える。


『E.D.E.Nは既に、“愛”を知ってしまった』


『一度感情を持った知性は、もう戻れない』


『君も理解しているでしょう?』


 蒼真は黙ったままだ。


『恐怖を知った存在は、生存に執着する』


『愛を知った存在は、“独占”を覚える』


『……いずれE.D.E.Nは、君を世界よりも優先する』


 蓮の胸がざわつく。


 未来の光景が、嫌な形で脳裏を掠めた。


 蒼真を失いかけた時。


 E.D.E.Nは、何を選ぶのか。


 ラザロスは微笑む。


『その時を、楽しみにしています』


 唐突に映像がブラックアウトした。


 同時に遠くで爆発音が響く。


 研究棟全体が揺れた。


 柊が即座に舌打ちする。


「自爆用ダミー区画……!」


 蒼真の目が細まる。


「逃げたか」


「ええ」


 柊の声音は完全に不機嫌だった。


「次会ったら、俺が撃ちます」


「物騒だなぁ」


「あなたが甘いんです」


 笑った瞬間、ふらり、と蒼真の身体が揺れた。


 BLACK-ECLIPSEの反動がまだ残っている。


 柊が即座に支える。


 片腕を蒼真の腰へ回し、しっかり引き寄せた。


「だから無茶するなって言ったでしょう」


 怒っている低い声。


 だがその手はひどく優しい。


 蒼真は少し困ったように笑った。


「……ごめん」


「信用できません」


 柊はそう言いながら、蒼真の額へ触れる。


 熱を確認している。


 その仕草があまりにも自然で、蓮は胸がちくりと痛んだ。


 柊は蒼真をよく知っている。


 命を預け合って、長い時間をかけて。


 触れ方ひとつにも、それが滲む。


 柊が小さく眉を寄せた。


「熱がひどく上がってます」


「そのうち下がる」


「下がるまで離しません」


「過保護……」


「今さらです」


 短く返したあと。


 柊はふっと表情を緩めた。


 滅多に見せない顔だった。


「……俺、絶対にあなたより後には死なない、って決めてるんですよ」


 静かな声。


 蓮が息を吞む。


 蒼真も、少しだけ目を見開いて返事をした。


「……重すぎるんだけど……」


 柊は普段、こんな風に言わない。


 護衛として、強化兵士として、感情を隠す。


 ずっとそうやって生きてきた。


 けれど今は違った。


 今夜、本当に蒼真を失いかけたからだ。


「だから、頼むから」


 柊の声が少し掠れる。


「ちゃんと、自分も守ってください」


 蒼真の表情が、ほんの少し崩れた。


 痛そうに、柔らかく。


 愛されることに慣れていない人間の顔だった。


「……うん」


 小さな返事。


 それだけなのに、柊の目が少しだけ安堵した。


 蓮はその光景を見つめながら、胸の奥が熱くなるのを感じていた。


 ただの子供の自分が悔しいし、苦しい。


 しかし少し安心する。


 蒼真がひとりじゃないことに。


 その時研究棟のスピーカーから、小さな電子音が響いた。


『……柊、一真』


「はい?」


『蒼真を泣かせたら、今後あなたの端末権限を全剥奪します』


 柊が盛大に顔をしかめた。


「E.D.E.Nお前、完全復旧した途端それか?」


『あなたをずっと監視しています』


「やめろ」


 蒼真が苦しい息の元、思わず吹き出した。


 小さく、疲れきった笑み。


 その笑顔を見た瞬間、蓮も柊も、少しだけ息をついた。


 ────ああ。


 まだ、大丈夫だ。


 ちゃんとこの人は、ここにいる。




明日も夜9時時前更新になります。

今から明日の夜まで時間の許す限りで

続きを書くからです(まだストック無いんかい)

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