第87話 TOKYO DEEP-9/2054/侵食:ノイズと凶気
第九層へ向かう専用エレベーターは、通常なら生体認証を三段階通過しなければ起動しない。
だが今は違った。
蒼真が端末へ手をかざした瞬間、認証プロセスが省略される。
────WELCOME, SOMA KIRYU.
英語での電子音声。
その直後。
────お急ぎください。
日本語へ切り替わった表示に、柊の眉間がわずかに寄る。
「……随分と従順ですね」
「俺の権限を最優先にしてるだけだよ」
蒼真は平静を装っていた。
だが蓮には分かる。
その声の奥に、僅かな焦燥が混じっている。
E.D.E.Nは蒼真が造った。
だからこそ蒼真は理解している。
ただでさえおそらく大物の手先がおそらく侵入者なのだ。
そいつがE.D.E.Nなにかした後────、
“壊される”という言葉を、E.D.E.Nが使った異常性を。
AIは通常、自身の損壊を恐怖として表現しない。
命令によって模倣する事はあるかも知れないが、通常そんな感覚は持ち合わせていない。
それはただの状態異常として処理される。
けれど今日のE.D.E.Nは、“助けを求めた”。
それ自体が、既に今までの例にない、異常事態だった。
低い駆動音と共にエレベーターが下降を始める。
その途中だった。
ふ、と照明が落ちる。
完全な暗闇。
次の瞬間、非常灯だけが赤く灯った。
狭い箱の中を血のような色が染める。
蓮がぴくりと肩を揺らした。
するとすぐ、蒼真の手が蓮の後頭部へ触れる。
「大丈夫」
落ち着いた声。
宥めるみたいに、ゆっくり撫でる。
蓮は目を見開いた。
眠れない夜。
蒼真はいつも、こうして触れた。
呼吸を落ち着かせて、“ここにいる”と教えてくれた。
胸の奥が熱くなる。
その空気を断ち切るように、壁面へ突然文字列が走った。
────接触行動を確認。
────蒼真と蓮のストレス値低下を確認。
────良好。
「…………」
柊が無言になる。
蓮も固まった。
蒼真だけが「あー……コード・レッドで観測禁止って命令したよな?」と頭を抱える。
「それにE.D.E.N、ついこの間もプライバシーに関する特別講義をした筈だぞ」
────現在、研究棟は非常事態下です。
────あなたがたの全行動と生体反応を監視しています。
「……無心で行くしかない……」
蒼真がぼそっと呟く。
だが次の瞬間、モニターが激しく乱れた。
赤い警告文字が走る。
《UNAUTHORIZED ACCESS》
《CORE INTERFERENCE DETECTED》
空気が張り詰める。
蒼真の顔つきが変わった。
「……来るぞ」
直後、エレベーター全体が激しく揺れた。
蓮の身体が傾く。
反射的に蒼真が抱き寄せた。
同時に柊が壁へ手をつき、二人を庇いながら即座に姿勢制御を行う。
照明が明滅する。
耳障りなノイズ。
そして。
────蒼真。
モニターへ浮かぶ文字。
今度は、僅かに歪んでいた。
────早く来て。
────こわい。
その一文で蓮の表情が変わった。
ぞわり、と空気が震える。
AHI特有の感応だ。
E.D.E.N側から流れ込んでくる異常な情報ノイズ。
膨大な演算。
恐怖。
混乱。
そして────痛み。
「ぐっ……!」
蓮の呼吸が乱れた。
「蓮!?」
蒼真が顔を上げる。
蓮は自分の胸元を掴み、苦しそうに息を飲んだ。
「E.D.E.Nが……」
声が震える。
「……焼かれてる……!」
柊の目が鋭く細まった。
「焼かれている?」
「演算領域を……無理やり上書きされてる……!」
その瞬間、エレベーターがガクンと停止した。
扉がゆっくり開く。
第九層の廊下は、異様な静けさに包まれていた。
白い照明。
無人の通路。
そして壁面いっぱいに流れ続ける数式群。
まるで施設そのものが発狂しているみたいだった。
蒼真は蓮を庇うように一歩前へ出る。
最前にいる柊は即座に拳銃を抜いた。
安全装置を解除する、冷たい金属音。
その時だった。
通路奥、白衣姿の研究員が、ゆらりと立ち上がる。
顔は見えない。
だが首の角度がおかしい。
人形みたいに、ぎこちなく傾いている。
そして、研究員の口が開いた。
「────蒼真」
ぞっ、と空気が凍る。
その声は人間のものではなかった。
E.D.E.Nの音声合成と酷似していた。
毎晩21時半すぎごろ更新目指しますー。
ストックがちゃんとできればの話ですけど(´;ω;`)ウッ…
雨降ると全てのやる気が無くなるよね……
暑いのも大嫌いだけど(-_-;)




