第83話 医療棟上層区画/2054/invisibly bound
蒼真は完全に挟まれていた。
ベッドの上から黒猫クッションと一緒に真っ直ぐ見つめてくる蓮。
病室の入口側で静かに立つ柊。
二人とも表情自体は穏やかなのに、空気だけがおかしい。
「……いや、何だこの雰囲気」
蒼真が困ったように笑う。
「何で二人ともそんな空気出してるんだ」
「出してない」
「出してません」
返答だけが綺麗に重なった。
蒼真がますます困惑する。
その反応を見て、蓮がふっと目を細めた。
「蒼真、鈍い」
「え?」
柊が小さく息を漏らした。
「それは本当にそうですね」
「えっ、何で柊まで同意するんだ」
本気で分かっていない顔だった。
その無防備さに、二人とも同時に胸を掻き乱されていることを、本人だけが知らない。
蒼真は誤魔化すように端末を開く。
「ほら、俺は仕事するから。蓮もちゃんと休め」
すると蓮がまた白衣を裾を引いた。
「……蒼真」
「今度は何」
「手」
「手?」
「貸して」
蒼真が一瞬きょとんとする。
だが次の瞬間には、仕方なさそうに笑った。
「はいはい」
軽い調子で差し出された白い手首。
蓮はそれを捕まえる。
指先が絡む。
ぎゅ、と確かめるみたいに握った。
その瞬間、病室の空気がまた静かに変わった。
柊の喉がひどく熱くなる。
十四歳の子供と手を、繋いだだけだ。
ただそれだけなのに、どうしてこんなに親密に見えるのか。
蓮は蒼真の手を握ったまま、ゆっくり目を閉じる。
「……これで眠れる」
安心しきった声だった。
蒼真は苦笑する。
「小さい子供か、お前」
「蒼真の前でだけ」
さらりと返される。
蒼真の耳がほんのり赤く染まった。
「っ、十四にもなってそんな事言って恥ずかしくないのか……」
照れている。
柊はそれを見て、思わず視線を伏せた。
蓮は恐ろしく真っ直ぐだ。
欲しいものを欲しいと言う。
蒼真が絶対に必要だと言う事を隠さない。
自分にはできないことだった。
柊はただの護衛で、部下だ。
だからずっと、分を超えないように“適切な距離”だけを守ってきた。
けれどもし最初から、そんな立場じゃなかったら。
自分も今みたいに、蒼真の手を取れたのだろうか。
「……柊」
不意に名前を呼ばれ、顔を上げる。
蒼真だった。
「そんなとこに立ってないでこっちに座れば?」
柔らかい声と、見上げてくる目。
その瞬間、柊の理性がぐらりと揺れた。
────そんな顔で呼ばないで欲しい。
心の奥で、掠れた声がする。
「いえ、俺は」
「いいから。今日はずっと立ちっぱなしだろ」
蒼真は自然に、自分の隣の椅子を軽く叩いた。
何気ない仕草。
けれど柊にとっては致命的だった。
近付けば、また欲しくなる。
その髪に触れたい。
細い肩を抱き寄せたい。
自分だけを見てほしい。
そんな感情を、押し殺すのが苦しくなる。
だが、断れるはずがなかった。
「……失礼します」
低く答え、隣へ座る。
距離が近い。
蒼真の体温が分かる。
昼間つけていた香水はもうかなり薄れていた。
代わりに残っているのは、蒼真自身の匂いだった。
清潔で、柔らかくて、少し甘い。
蓮も同じことを感じたのだろう。
ベッドの上から、じっと柊を見た。
黒い瞳が静かに細められる。
まるで牽制する猫のようだ。
柊も目を逸らさなかった。
無言の火花が散る。
だがその中心にいる蒼真だけが、端末を開きながら呑気に呟いた。
「なんか今日、二人とも仲良いね?」
病室がしんと静まり返った。
蓮が先に吹き出す。
次いで柊も堪えきれず少し笑った。
「……だから鈍いって言うんですよ、あなたは」
「えぇ……?」
本気で分かっていない顔。
その天然さがあまりにも無自覚で。
蓮は蒼真の手を握ったまま、そっと額を擦り寄せた。
柊はその光景を見つめながら、静かに目を細める。
多分この人はこれから先も、自覚もないままこうやって誰かの心を奪いながら生きていく。
そして自分たちは、その眩しさからもう逃げられないのだろう。
日曜の朝は9時くらいの更新でっす。
ここから先はちょっぴり不穏な展開になるかもです。
恋愛がどうのじゃなく物理的?にw




