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【BL】冷酷な最終兵器は俺にだけ執着する ーFalling into E.D.E.N ー  作者: 雨森ユキ


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第81話 医療棟上層区画/2054/月の弱点

 



 会議終了の通知音が、静かな室内へ淡く響いた。


 空間投影されていた各国のホログラムが順番に消えていく。


 光が消えるたび、部屋は少しずつ静けさを取り戻した。


 最後のウィンドウが閉じた瞬間。


 蒼真は深く息を吐いてソファへ背中を預けた。


「……終わったぁ……」


 完全に気が抜けている声だった。


 数分前まで世界規模の演算調整をしていた人間とは思えない。


 柊は思わず目を細める。


「お疲れ様です」


「疲れた……脳みそ溶けそう……」


 そう言いながらネクタイをさらに緩める。


 白い喉が露わになる。


 柊は一瞬だけ視線を止め、すぐ逸らした。


 (見るな。自制しろ)


 頭の中で何度も繰り返す。


 蒼真はそんな葛藤など知らないまま、端末を閉じた。


「あ、蓮のとこ、行ってやらなきゃ」


 ぽつりと名前を呟く。


「面会時間まだいけるよな」


 その言葉だけで、柊の胸が鈍く沈む。


 疲れ切っているはずなのに。


 この人は、蓮との約束を決して忘れない。


「……行くんですか、今から」


「うん。待ってると思うし」


 迷いのない返答だった。


 柊は数秒黙ったあと、小さく息を吐く。


「車、回します」


「ありがとう」


 蒼真が笑う。


 柔らかい、何の警戒心もない笑顔。


 そのたび柊は、自分の中の何かが少しだけ削れていく感覚を覚える。



 ◇



 夕暮れのI.W.S.C.医療棟。


 ガラス張りの長い通路へ、橙色の光が滲んでいる。


 昼間より静かな施設内には、医療機器の駆動音だけが遠く響いていた。


 蒼真は紙袋を片手に歩いている。


「それ、何です?」


「ここに併設してあるコンビニで買った」


 中にはプリンと栄養ゼリー、それから横を向いて歩く黒猫の全身を形にした薄くて小さなチョコレート菓子が一杯に入っている。


 柊は思わず笑いそうになる。


「甘やかしすぎでは。あとそれ普通に統括主任の好物ですよね」


「う。だって入院中って暇だろ。おやつ食べるくらいしか楽しみがないかなって」


「統括主任は蓮にだけ異常に甘いですよ」


「えっ、そうかな」


「自覚ないんですね……」


 呆れた声。


 そうこうしているうちに、病室前へ到着する。


 蒼真がノックを二回。


「蓮、入るよ」


 扉が開く。


 その瞬間、黒猫クッションと共にベッドの上にいた蓮が、目に見えて表情を変えた。


 静かだった黒い瞳へ、一気に熱が灯る。


「……蒼真」


 名前を呼ぶ声が昼間より柔らかい。


 蒼真は苦笑した。


「約束しただろ」


「来ないかと思った」


「そんなことしないよ」


 その言葉に、蓮の肩から僅かに力が抜ける。


 柊はドア脇でそれを見ていた。


 蓮は今、心底安心しているのが分かる。


 蒼真が自分のところへ戻ってきたことに。


 蒼真はベッド脇へ座り、紙袋を差し出した。


「差し入れ」


 蓮が中を見る。


 黒猫チョコを見つけた瞬間だけ、表情が少し緩んだ。


「……猫」


「好きだろ」


「うん」


 小さな返事。


 そのやり取りが、あまりにも自然だった。


 まるで長年一緒に暮らしてきた家族かのようだ。


 柊の胸の奥が静かに痛む。


 自分はどれだけ時間を積み重ねても、この距離には届かない気がした。


 その時、蓮がふいに蒼真の袖を掴んだ。


「今日、ここにいて」


 蒼真が目を瞬かせる。


「え?」


「帰らないで」


 病室が静まる。


 夕暮れの光だけが白いシーツへ落ちていた。


 蓮は真っ直ぐ蒼真を見ている。


 その目はひどく静かで。


 だからこそ、強かった。


「……駄目か?」


 柊の指先がぴくりと動く。


 あざとい。


 そういう顔をされて断れる人間がいるわけない。


 案の定、蒼真は困ったように笑った。


「今日は流石に夜も仕事あるからなぁ……」


「ここでやればいい」


「病室で?」


「うん」


「いやいや」


 蒼真が笑う。


 けれど蓮は笑わなかった。


「……蒼真」


 低い声。


 その響きだけで空気が変わる。


「約束を守ってくた。それだけでも嬉しい。でも、ここはあの施設みたいで嫌だ……」


 柊は息を止めた。


 蓮は理解している。


 蒼真が自分に弱いことを。


 そして蒼真は。


 その蓮の寂しそうな言葉に、驚くほど弱かった。


「……っ、蓮、それは卑怯だぞ……っ」


 困ったように笑いながらも、声が甘い。


 もう半分絆されている。


 柊は静かに目を伏せた。


 きっといつか。


 この二人は、誰にも止められなくなる。


 そんな予感だけが、夕暮れの病室で静かに息をしていた。



明日は土曜日だー。もうずっと寝たいzzz

朝の9時ちょっと前に更新しまっす。

ほんとあざといなあ黒猫は(生温かい目)

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