第76話 高架下・車内/2054/souls without a shore
しばらくして、荒れていた呼吸が少しずつ静まっていく。
車内にはまだ熱が残っていた。
曇った窓。
乱れた呼吸の余韻。
身体が重く感じて力が入らない蒼真は、ぼんやりと天井を見上げる。
アンカーが回ったせいで、身体の奥で張り詰めていた神経がようやく緩み始めていた。
頭の奥が少し痛い。
しかし、久しぶりに平静だった。
「……落ち着いたか?」
運転席側から低い声が落ちる。
蒼真は薄く目を向けた。
アレクシスは片腕を窓枠へ預けたまま、珍しく煙草も吸わずにこちらを見ている。
「何」
「いや。ほんと限界だったんだなって」
「……誰のせい」
「俺半分、柊半分」
蒼真は眉を寄せる。
アレクシスは笑った。
「だってあいつ、お前を甘やかすくせに独占しきれないだろ」
「……」
「だから中途半端に我慢させる。お互いに、な」
図星だった。
柊は優しすぎる。
蒼真が壊れないように距離を取って、蓮を優先して、必要以上に踏み込まない。
そのくせ時々、抑えきれない熱だけを零す。
「そんな顔しちゃって」
アレクシスが小さく笑う。
「もうかなりアレじゃん」
「……違う。昔俺が助けたから、責任があるだけ」
「そうかねぇ」
蒼真は視線を逸らした。
窓の外では、遠くの高層ビル群が青白く光っている。
AI統治都市。
完璧に管理された世界。
その中で、自分たちだけが妙に不安定だった。
「お前さ」
アレクシスが静かに言う。
「昔よりずっと人間っぽくなったよな」
「どういう意味」
「十五の頃なんか、ほんと空っぽだった」
蒼真は黙る。
否定できない。
昔の自分は、今よりもっと機械に近かった。
眠らず、感情を切り捨て。
壊れるまで演算し続けるだけの人間だと思っていた。
そんな自分に最初に“自分もただの人間だった事”を無理やり思い知らせたのが、アレクシスだった。
気まぐれで、最低で。
でも、ずっとつかず離れず、蒼真を見ている。
「いつまでも、子供じゃいられないよ。それより……アレク」
「ん?」
「なんで今でも俺に構うの」
その質問に、アレクシスは少し黙った。
すぐには答えない。
やがて、小さく肩を竦める。
「お前さあ、忘れてない?」
「俺、一応GENERAL直属の執行官だぜ?お前らの監視も任務の一つに決まってんだろ」
アレクシスはそこで軽く煙草を吸った。
「……でも、お前が死にそうな顔してるとムカつく」
軽い口調だったが、どこか本音も混ざっていた。
蒼真は目を細める。
「……そっか。俺は、どうでもいいけど」
「…………」
「できれば、蓮の事は助けてあげて」
「バカ」
アレクシスは苦々しく笑った。
その笑い方が妙に柔らかくて、蒼真は少しだけ安心してしまう。
静かな車内。
不意にアレクシスが手を伸ばし、蒼真の色素の薄い髪をくしゃりと掻き混ぜた。
「……あと、お前」
「何」
「柊にあんま酷いことすんなよ」
蒼真の目が僅かに開く。
アレクシスは窓の外を見たまま続けた。
「あいつ、お前相手だとマジで全然余裕ないから」
「……そんな風には見えない」
「そりゃ腐っても軍人だからな。弱みを見せてないだけだ」
蒼真は言葉を失う。
柊の静かな顔を思い出す。
滅多に感情を出さない男。
でも時々、自分へ触れる指だけが苦しいほど熱い。
「お前ら、見てると危なっかしいんだよな」
アレクシスがぼそりと呟く。
「どっちも自分を犠牲にするタイプだから」
蒼真は返事をしなかった。
代わりに目を閉じる。
まだ身体の奥に残るアンカーの甘い刺激と痺れ。
その感覚の中で。
柊の腕の中で眠った時の静かな安心感を、思い出してしまっていた。
今日は夜6時台の更新の予定です。
少しでも楽しんで頂けると嬉しいです。




