第75話 高架下・車内/2054/nameless blue
ネオンの光が、車内へ断続的に流れ込んでいた。
青、赤、紫。
夜の街の、落ち着かない色がちらついた。
高架下の暗闇を、都市の光だけが不規則に照らしていく。
蒼真は後ろに倒されたシートへぐったりと寝そべったまま、荒くなった呼吸を整えようとしていた。
けれど無理だった。
アレクシスの蜜の匂いのアンカーが、そして好きに撫でまわされる身体への刺激が、思った以上に深く回っている。
頭が熱い。
神経が痺れる。
思考演算のノイズが、逆に心地いい。
「……っ、は……ぁっ」
「やば」
アレクシスが笑う。
片手で蒼真の顎を持ち上げ、アイスブルーの目で覗き込んだ。
「ほんとに限界寸前だったんだな」
「……っうるさい」
興奮で掠れた声。
アレクシスは楽しそうに喉を鳴らした。
そのまま額を軽くぶつけてくる。
「でも、こうして補充されるの待ってたろ」
蒼真は息を乱して答えない。
否定できないからだ。
アンカー切れの時、身体は本能的に“供給源”を求める。
特に相性の良い強化兵士相手だと顕著だった。
アレクシスはそれを知っている。
知っていて、わざとぎりぎりまで放置する。
蒼真の反応を見るために。
「最低……っ」
「知ってるって」
軽く笑いながら、アレクシスは蒼真の首筋へ顔を寄せた。
熱い吐息。
その刺激だけで、蒼真の背筋が震える。
アレクシスはそれを見逃さなかった。
「……あー、ほんと可愛い」
「うるさ……」
「普段あんな冷たい顔してんのに、アンカー不足だとすぐ蕩ける」
蒼真は眉を寄せる。
悔しいが、否定できない。
身体が勝手に反応する。
アンカーへ依存するよう慣れさせられた神経系。
“適応者”として最適化された代償だった。
アレクシスの指が、蒼真の髪をかき混ぜる。
優しくはない。
でも妙に慣れている。
ずっと続いている、歪んだ関係。
治療とも依存とも言えない、曖昧な接触。
「……柊とは、こういう時どうしてんの」
不意にアレクシスが聞いた。
蒼真の呼吸が止まる。
「そんな顔すんだ」
「……アレクには関係ない」
蒼真が顔を背けると、アレクシスは楽しそうに笑った。
けれど次の瞬間、蒼真を抱き寄せる腕だけが少し強くなる。
独占欲とは違う。
ただ、“今は自分のものだ”と確認するような力だった。
蒼真はシートへ押し付けられながら目を閉じる。
アレクシスの匂い。
アンカー。
煙草。
血と、鉄錆の匂い。
全部が混ざって頭をくらくらさせる。
「……ほら」
耳元に、低い声。
「ちゃんと力抜け」
蒼真は小さく息を吐いた。
抵抗をやめると、アレクシスの手がゆっくり背を撫でる。
落ち着かせるように。
でも本当は、もっと深く依存させたいかのようだ。
「お前さ」
蒼真の白い脚を自分の肩に乗せながらアレクシスがぼそりと言う。
「安心できる相手これ以上増やすと、ほんと止まっちまうぞ」
「……っアレクに言われても……っ、説得力、ない」
「俺は最初から壊れてるから」
冗談みたいな口調。
でも、その目だけは笑っていなかった。
蒼真は胸の奥が少し痛くなる。
アレクシスはそんな表情を見て、すぐ笑った。
「ほら。またそういう顔する」
「な、に」
「放っとけないって顔。良いんだよ、俺みたいなのは気にしなくて」
蒼真は答えられなかった。
アレクシスはその沈黙ごと飲み込むみたいに、再び唇を重ねる。
空っぽだった蒼真の中が、一杯に満たされる。
深く。
甘く。
もういいと泣くまでアンカーを流し込まれた交歓だった。
車内には湿った呼吸音と、混ざり合う水音だけが落ちる。
高架の上では輸送車両が走り続けている。
完璧に管理された都市。
その片隅の暗闇で。
誰にも言えない依存と優しさだけが、静かに熱を持っていた。
明日は朝8時半すぎくらいの
更新になるかもです。
少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです。




