第74話 高架下・車内/2054/甘い蜜に、惑う
三日後。
深夜零時を回った研究区画は、静まり返っていた。
I.W.S.C.中央研究棟。
第五層統括ブロック。
膨大なホログラム演算式だけが青白く空間を照らしている。
蒼真は端末へ片手をついたまま、小さく息を吐いた。
視界が滲む。
頭が重い。
ここ数日、妙に集中力が落ちていた。
理由は分かっている。
アンカー不足だ。
柊とは会っていない。
正確には、“会わないようにしている”。
柊が見舞いに行った際、蓮の神経が過敏になっているのを感じたからだ。
それに、ともすれば依存してしまいそうになる自分を厳しく律したかった。
柊も察して、必要以上に近付いてこなくなった。
それが逆効果だった。
身体が落ち着かない。
神経がざらつく。
思考演算が微妙に乱れる。
蒼真は眉間を押さえた。
「……最悪」
その時。
端末へ短い通知が入る。
『外周ゲート到着』
送り主を見て、蒼真は目を細めた。
『降りてこい』
それだけの、簡素なメッセージ。
アレクシスだった。
◇
地下駐車区画。
無機質な白色灯の下で、黒い軍用車両が停まっている。
蒼真が近付くと、助手席側のドアが内側から開いた。
「遅ぇ」
「急に呼び出したのそっちだろ」
「乗れよ」
相変わらず説明が雑だ。
蒼真は溜め息を吐きながら助手席へ滑り込んだ。
ドアが閉まる。
車内には微かに煙草と金属、それからアンカー特有の甘い匂いが漂っていた。
その瞬間、蒼真の喉が小さく鳴る。
アレクシスは運転席でそれを聞き逃さなかった。
「……やっぱ結構きてんな」
「うるさい」
蒼真は窓へ額を押し付ける。
自分でも分かる。
禁断症状の初期だ。
神経が落ち着かない。
身体が熱を持つ。
強化兵士由来のアンカーへ、本能的に反応してしまう。
「柊とは?」
「……最近、会ってない」
「はは。そりゃ悪化するわ」
アレクシスは楽しそうに笑う。
その横顔を見た瞬間、蒼真は妙に腹が立った。
「笑い事じゃないんだけど」
「俺からしたら面白い」
「最低」
「知ってるよ」
笑って軽く返しながら、アレクシスは車を発進させた。
地下道路を滑るように走る。
車窓の外では、ネオンが流れていた。
しばらく沈黙が続く。
やがてアレクシスが片手でハンドルを回しながら言う。
「で、限界どれくらい?」
「……集中力切れる」
「それだけ?」
「眠れない」
「うん」
「あと、イライラする」
「かわいい」
「死ね」
即答すると、アレクシスが吹き出した。
「元気あるじゃん」
「アレクのせいで余計悪化してる」
「じゃあ補充する?」
蒼真の呼吸が止まる。
アレクシスは横目で見て、小さく笑った。
その目は、獲物を見つけた肉食獣みたいだった。
「……嫌なら断れよ」
蒼真は返事をしなかった。
否、出来なかった。
車内へ満ちるアンカーの匂いだけで、思考が鈍る。
アレクシスはそんな蒼真を数秒見つめ、それから不意に車を人気の無い高架下へ停めた。
エンジン音だけが低く響いている。
「アレク」
「ん?」
「……ほんと最低」
「今さら?」
次の瞬間、アレクシスの手が蒼真の後頭部を掴み、強引に唇を塞いだ。
「っ……!」
甘くて深いキス。
強化兵士特有のアンカーが、喉の奥へ流れ込んでくる。
くらくらする。
酒みたいに脳が痺れる。
蒼真は思わずアレクシスの服を掴んだ。
アレクシスが喉の奥で笑う。
「ほら。やっぱ限界だったじゃん」
「……っ、うるさ……」
言葉の途中で、またキスされる。
今度はもっと深い。
そのまま座席のシートを倒されてのしかかられる。
アレクシスは昔からこうだった。
優しくない。
でも、壊れる寸前の蒼真を放っておけない。
興味本位、気まぐれ。
けれど時々、妙に甘やかす。
それが厄介だった。
蒼真はシートへ押し付けられて脱がされながら、浅く息を吐く。
全身が、熱い。
アンカーが回るたび、神経が落ち着いていく。
同時に、どうしようもなく身体が熱を持って力を失っていく。
「……ほら」
アレクシスの指が、蒼真の髪を掻き上げる。
「そういう顔」
「……何」
「禁断症状出てる時のお前、ほんと色っぽい」
蒼真は睨もうとした。
でもうまく力が入らない。
アレクシスはそれを見て、満足そうに目を細めた。
車内へネオンの光が流れ込む。
誰にも見えない夜の底で。
蒼真は、山猫みたいに気まぐれな強化兵士の腕の中へ、静かに沈んでいった。
ここまで読んでくださって
ありがとうございます
今日は夜22時過ぎにも
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