第72話 TOKYO DEEP-9/2054/月の笑顔と黒猫
面会制限解除の通知が届いたのは、午前四時だった。
中央演算室。
青白いホログラムに囲まれた空間で、蒼真は無言のまま端末に届いた通知画面を見つめていた。
対象コード。
適合者識別番号。
被験体名────神崎蓮。
“神経同期率安定化を確認。段階的接触許可を再開”
短い文章。
たったそれだけなのに、蒼真は数秒、視線を動かせなかった。
「……統括主任?」
背後から柊の声がする。
蒼真はようやく端末を閉じた。
「蓮の面会謝絶、解除されたんだ」
嬉しそうに蒼真が言う。
柊の目が僅かに細くなる。
感情を読むのが難しい男だ。
だが今の反応は、少しだけ複雑だった。
安心、警戒。
それから、少しだけの、諦め。
「そうですか」
「……うん」
蒼真は端末を閉じた。
その指先が、ほんの少しだけ速く動いている。
柊はそれを見逃さなかった。
蒼真は気付いていない。
蓮のことになると、感情が表へ出やすくなる。
普段は完璧に制御しているくせに。
それ以上、蒼真は何も言わなかった。
なのに柊は分かってしまう。
蒼真が、心底安堵していること。
同時に、少し緊張していること。
十四歳の少年一人に、こんな顔をする時点で、もう十分特別だった。
「……で、これは何」
数時間後。
研究棟居住区の共用スペース。
蒼真はその一角のテーブルの上を見下ろしていた。
そこには明らかに統一感のない物体が並んでいる。
限定版携帯ゲーム端末。
下層区域で流行しているエナジーバー。
高価な立体映像パズル。
AI搭載型小型ドローン。
そして何故か巨大でリアルな黒猫型クッション。
蒼真は額を押さえた。
「……十四歳って何が好きなんだ」
「知りません」
「調べたんじゃなかったのか?」
「“男子中学生 人気”で検索しました」
「雑すぎるだろ……」
柊は真顔だった。
蒼真は思わず笑う。
肩を震わせながら。
柊はその顔を見て、少し黙った。
「最近、よく笑いますね」
「誰のせいだと思ってるんだ」
「俺ですか?」
「自覚ないのか?」
「ありません」
即答だった。
蒼真は呆れた顔をする。
だが嫌じゃない。
その空気感に慣れてしまっている自分が危険だった。
「いや、待って。なんで黒猫クッション?」
「可愛いので」
「誰が?」
「黒猫が」
蒼真は吹き出した。
柊は本気だったらしい。
少しだけ不服そうに眉を寄せる。
「十四歳はこういう物を好むと」
「偏見がすごい」
「違うんですか」
「……いや、嫌いじゃない……とは思うけど」
そこまで言って、蒼真は不意に黙った。
蓮が笑う姿を想像してしまった。
無愛想で警戒心ばかり強くて。
誰にも懐かないくせに、たまに年相応の顔をする。
その瞬間が、妙に胸へ残る。
柊はそんな蒼真を静かに見ていた。
「……随分、楽しそうですね」
「え?」
「蓮のことを考えてる時」
蒼真は反射的に否定しかけて、止まる。
否定できなかった。
「……うん」
柊は小さく笑う。
少し寂しそうに。
でも優しい笑い方だった。
「俺が持って行きましょうか」
「柊が?」
「ええ。貴方はこの後統合会議でしょう」
「……ああ」
本当は自分で行きたかった。
けれど会議は外せない。
極東区域の暴動予測演算。
E.D.E.N接続実験報告。
山ほど案件が積まれている。
蒼真は少し迷ってから、小さく息を吐いた。
「じゃあ頼んでもいい?」
「もちろんです」
柊は自然に答える。
蒼真はテーブルの上から黒猫型クッションを持ち上げた。
「これは外して」
「要ると思います」
「絶対いらない」
「でも触り心地はいいですよ」
「そういう問題じゃない」
柊は少し笑った。
「蓮なら文句言いながらも抱えて寝そうですけど」
蒼真が吹き出す。
「想像できるからやめて」
でも本当に、少しだけ想像できた。
蓮は普通の十四歳ではない。
十二歳まで実験施設で育った。
感情教育も、対人関係も、まともに知らない。
“愛情”すら、執着と所有欲に近い形でしか理解できていない。
だから蓮は極端だ。
蒼真へ向ける感情だけが異常に強い。
他の全部が希薄なのに、そこだけ壊れている。
柊はそんな蓮を、戦術教官としてずっと見てきた。
戦闘訓練。
制圧技術。
AI適合演習。
闘うための才能はあるし戦闘訓練では木が水を吸うように呑み込みが良いが、どれだけ蒼真やカウンセラーが教えても、蓮は他の人間への興味を持たない。
ただ蒼真だけを見る。
まるで世界の中心のように。
「……大変ですね、統括主任も」
柊がぼそりと言う。
「何が」
「愛が重い子どもに懐かれて」
蒼真は少し黙った。
「懐かれてる、のかな」
「気付いてないの、統括主任だけですよ」
柊は呆れたように笑う。
その笑い方は、少しだけ苦かった。
今のストーリー展開に合わないかなーと思うので
タイトル変更致します。
新タイトルは
【冷酷な最終兵器は俺にだけ執着する ーFalling into E.D.E.N ─】
になります。
よろしくお願いいたします。




