第68話 居住区画棟/2054/thought to be the end of the rain
部屋の空気は、まだ熱を孕んでいた。
乱れた呼吸が近い。
柊の腕に抱き込まれたまま、蒼真はぼんやりと天井を見上げていた。
白い照明は落ちている。
都市の光だけが淡く部屋を照らしているせいで、現実感が薄い。
柊の指が、蒼真の髪をゆっくりと梳く。
その手つきが優しすぎて、胸が痛む。
「……後悔してますか」
低い声。
蒼真は目を閉じた。
「今さら?」
「あなたはいつも、自分の感情を後回しにするから」
柊はそう言って苦く笑う。
「明日になって、“間違いだった。記憶の消去を”と切り捨てられそうで怖い」
蒼真は小さく息を吐いた。
つよく否定できない。
ずっとそうやって生きてきた。
感情より合理性。
必要なら、自分の心すら演算で切り捨てる。
けれど今だけは。
柊の熱を失いたくないと思ってしまう。
蒼真はゆっくりと柊の腕を掴んだ。
「……今日は、朝までここに居ろ」
柊の呼吸が止まる。
それから、なにかに耐えるように目を伏せた。
「……そんなことを言われたら」
掠れた声。
「本当に、離せなくなります」
再び唇が重なる。
甘やかすように、深く。
さっきまでの激しさとは違った。
互いを確かめ合うような口づけだった。
蒼真の指先が、柊の肩へ縋る。
柊はそれだけでまた堪える顔をした。
ずっと欲しかったものに、ようやく触れた人間の顔だった。
「……好きです」
また囁かれる。
まるで何度も言葉にしたとしても全く伝わらないかのように。
柊の額が蒼真の首筋へ落ちる。
熱い吐息が肌を撫で、蒼真は小さく肩を震わせた。
「貴方は、多分知らない」
「……何を」
「俺が、どれだけ必死に耐えてきたか」
柊の声は静かだった。
「研究棟で倒れそうになっても平気な顔をするところも、アレクシスの後を追うみたいに無茶をするところも……全部見ていました」
蒼真は何も言えなかった。
こんなふうに見つめられていたなんて知らなかった。
柊はいつだって一定の距離を保っていた。
護衛として、同僚として
決して踏み込まないように。
でも本当は、ずっと限界だったのだ。
柊の指先が、蒼真の手を絡め取る。
硬く、力強い手。
戦場でだれかを守り、だれかを殺してきた手。
けれど今は、蒼真に触れるたび震えている。
「……壊したくない」
柊が言う。
「でも、あなたが欲しい」
その矛盾が苦くて、甘かった。
蒼真は堪えきれず、柊の肩へ顔を埋める。
耳の奥で心臓がうるさい。
柊はそんな蒼真を抱き締めたまま、何度も髪へ口づけた。
急かさない。
決して強引には奪わない。
ただ、大事に触れてくる。
それが、どうしようもなく甘かった。
どれくらい時間が過ぎたのか分からない。
互いの熱がゆっくり溶け合って、境界が曖昧になっていく。
蒼真はいつの間にか、柊の胸元で目を閉じていた。
強化兵士の依存因子が欲しかっただけのはずなのに。
今は違う。
欲しいのは、薬物的な高揚じゃない。
だれかの腕の中の安堵だった。
柊の鼓動を聞いていると、不思議なくらい呼吸が落ち着く。
壊れかけて軋んでいた神経が、静かに鎮まっていく。
「……眠れそうですか」
低く、囁く声。
「……ん」
蒼真は小さく頷いた。
柊が僅かに笑う気配がした。
「良かった」
その声が、あまりにも優しかったので、蒼真は薄く目を開ける。
「柊」
「はい」
「……ごめん。ありがとう」
その瞬間、柊の表情が崩れた。
泣きそうなくらい、嬉しそうに。
「ずるい人だ……」
掠れた声でそう呟いて、柊はそっと蒼真を抱き寄せる。
蒼真は柊の腕の中で、久しぶりに深く息を吐く。
アンカー目当ての接触でも命令でもなく。
ただ誰かに抱き締められながら深く眠る夜は心地良いと言うことを、初めて知った。
あくまでこの作品のメインカップリングは蓮×蒼真なんですけど……
まだ蓮14歳だしBのL成分を柊に補ってもらう事になりました☆
ゆくゆくは死亡フラグが立ってしまうのか、
何とか生き延びられるのか、がんばれ柊~☆




