表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【BL】冷酷な最終兵器は俺にだけ執着する ーFalling into E.D.E.N ー  作者: 雨森ユキ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

69/136

第66話 I long to surrender on bended knee to the one I adore




 南極統合研究都市《Niflheim》。


 西暦2044年。


 外気温、マイナス六十七度。


 永久凍土の下に築かれたI.W.S.C.極秘研究区画は、昼も夜も存在しない世界だった。


 照明。


 研究員の制服。


 滅菌処理された床。


 感情まで漂白されたような場所。


 その通路を、少年が一人で歩いていた。


 桐生蒼真、十四歳。


 飛び級で統合認知工学課程へ編入後、わずか一年でI.W.S.C.中央研究群へ招致された天才。


 だが、その肩書きはまだ仮のものだった。


 今の蒼真は、ただの痩せた少年にしか見えない。


 白い肌。


 細い指。


 大きすぎる研究用端末を抱えて歩く姿は、年相応どころか幼くすら見える。


 けれど、その目だけが異質だった。


 静かすぎる。


 十四歳の子供が持つには、あまりにも冷えた目。


 蒼真は足を止める。


 隔離区画。


 厚い防弾ガラスの向こう。


 そこに“それ”はいた。


 第七世代強化兵士試験体。


 識別コード:第七-〇七一。


 年齢、二十歳。


 感情抑制処置済み。


 脳内命令系統最適化済み。


 戦術神経接続適合率、歴代最高。


 そして────。


 暴走率も歴代最多。


 拘束椅子へ固定された男は、俯いたまま動かなかった。


 黒い戦術スーツ。


 拘束具。


 首筋へ埋め込まれた神経端子。


 全く人間の形をした兵器だ。


 蒼真は端末を操作しながら、淡々とデータを見る。


「感情抑制率九十二パーセント……」


「痛覚制限、睡眠制御、人格矯正……」


 隣にいた主任研究員が笑う。


「傑作でしょう」


 蒼真は答えなかった。


 ガラス越しに男を見る。


 傑作。


 そう呼ぶには、あまりにも目が死んでいた。


「彼の名前は」


 蒼真が訊く。


 研究員は怪訝そうな顔をした。


「第七-〇七一です」


「そうじゃない」


 温度の無い声。


「人間としての名前を聞いてる」


 研究員が苦笑する。


「必要ありませんよ。これは兵器です」


 その瞬間、蒼真の視線がさらに冷たく変わった。


 まだ十四歳の少年なのに、空気が凍る。


「もう一度だけ言う。俺は彼の名前を訊いてる」


 研究員が黙る。


 しばらくして、渋々記録を確認した。


「……柊、一真です」


 その名前を聞いた瞬間だった。


 拘束椅子の男の指先が、ぴくりと動く。


 蒼真は見逃さなかった。


 名前を呼ばれた。


 それだけで反応した。


 完全抑制されているはずなのに。


 蒼真はガラスへ近づく。


 そして初めて、柊の顔が上がった。


 視線が合う。


 ぞっとするくらい無感情な目。


 けれどその奥に、消え残った何かがある。


 助けを求めるでもない。


 怒りでもない。


 もっと深くて、もっと静かな何か。


 蒼真は、なぜか目を逸らせなかった。


 その時、いきなり激しく警報が鳴る。


 赤色灯。


 研究員たちが一斉に振り返る。


「神経同期異常!」


「第七-〇七一が暴走します!」


 柊の身体が痙攣する。


 拘束帯が軋む。


 人工筋繊維が膨張し、金属フレームが悲鳴を上げる。


 研究員たちが後退する。


 銃器安全装置解除。


 誰かが叫ぶ。


「処分しろ!!」


 蒼真だけが動かなかった。


 柊は苦しそうに息を吐いている。


 感情抑制。


 命令強制。


 記憶編集。


 脳へ流し込まれる無数の命令が、人間だったものを壊していく。


 それでもその目だけは、なぜか蒼真を見ていた。


 助けを求めるかのように。


 蒼真は静かに隔離室のロックへ手を伸ばした。


 研究員たちが顔色を変える。


「何をする気です!?」


「じかに口頭で停止コードを試す」


「危険です!!」


 十四歳の少年は、淡々と言った。


「だったらお前たちがやればいい」


 誰も動かない。


 蒼真は一人で隔離室へ入った。


 重い扉が閉まる。


 室内は冷えていた。


 血の匂い。


 薬品臭。


 焼けた神経の臭い。


 柊が低く呻く。


 拘束具が歪む。


 普通の大人なら恐怖で近づけもしない距離。


 蒼真は恐れげもなく男のそばへ近づく。


 暴走しかけた兵士の前へ立つ。


「……聞こえるか」


 柊の視線が揺れる。


 蒼真は端末も見ずに、停止コードを口にした。


「Code:Helios-01」


 その瞬間────。


 柊の身体が止まる。


 痙攣していた筋肉が硬直し、荒い呼吸だけが残る。


 研究員たちが息を呑む。


 まだ未完成だった蒼真の停止プロトコルが成功した。


 だが蒼真は周囲を見ていなかった。


 目の前の男を見ていた。


 思ったより若い。


 傷だらけの身体。


 焼けた神経痕。


 人間をここまで壊せるのかと、蒼真は初めて実感する。


 柊は虚ろな目で蒼真を見上げる。


 そして掠れきった声で言った。


「……なんで」


 長い間、声を使っていない人間の声。


 蒼真は小さく首を傾げる。


「何が」


「……殺さないんだ」


 研究員たちは皆、処分しようとした。


 暴走した瞬間、化け物を見る目になる。


 恐怖、嫌悪。


 処分対象を見る目。


 でもこの少年だけは違った。


 蒼真は少しだけ黙った。


「お前は壊れてるんじゃない」


 穏やかな声。


 静かに降り積もる雪のような声だった。


「俺たちに壊されたんだ」


 柊の瞳が、ほんの微かに、揺れる。


 蒼真は続けた。


「だから、責任は俺たちにある。お前をただ処分するのは間違ってる」


 研究員たちがざわつく。


 だが蒼真は無視した。


「人間を道具として最適化するから壊れる」


「感情を消せば従順になると思ってる時点で、設計が古い」


 十四歳の少年の言葉とは思えなかった。


 柊はただ見ていた。


 白衣の少年。


 細い指。


 静かな目。


 恐怖を知らないような顔。


 でも本当は違う。


 蒼真は怖がれないだけだ。


 感情より先に、構造を見てしまう。


 それに、十四歳にしてもういつ死んでもいいと静かな絶望に沈んでいた。


 だから、柊を見ても“怪物”とは思わなかった。


 ただの、研究者に壊された人間だと思った。


 その瞬間、柊の中で何かが変わる。


 静かに、だが取り返しがつかないくらいに。


 それは感情と呼ぶには歪すぎた。


 初めて向けられた救済への、本能的な渇望。


 蒼真はまだ知らない。


 この日から二年後。


 十六歳になった彼のもとへ、柊一真が専属警護として配属されることを。


 そしてその男が、命令より先に自分を守る化け物になることを。


 ただその時────。


 停止コードで沈黙した柊が、薄く目を閉じながら。


 まるで安心した犬のように呼吸したことだけが、妙に蒼真の記憶に残った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ