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【BL】冷酷な最終兵器は俺にだけ執着する ーFalling into E.D.E.N ー  作者: 雨森ユキ


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第63話 深層階層接続室/2054/hurting your kindness

 



 接続室の扉が勢いよく開く。


「お待たせしました!医療班です!」


 白衣姿にマスクのスタッフ達が慌ただしく流れ込んできた。


 冷たい薬品の匂い。


 電子機器の起動音。


 静まり返っていた空間が、一瞬で“処置室”の顔へ変わる。


「神経過負荷反応を確認!」


「脳波不安定、体温上昇!」


「酸素マスク!」


 次々と飛ぶ指示。


 蓮の腕へセンサーが貼られ、首筋へ冷却パッドが押し当てられる。


「っ……」


 冷たさに眉を寄せる。


 その間も視線だけは蒼真を追っていた。


 白衣の裾が離れていく。


 細い指先が、自分から遠ざかっていく。


「嫌だ」


 掠れた声だった。


 医療スタッフが困ったように顔を見合わせる。


「神崎くん、処置が必要です」


「蒼真……」


 熱に浮かされたみたいな声。


 それを聞いた蒼真が反射的に一歩前へ出る。


「統括主任」


 低い声が鋭く制した。


 柊だった。


 蒼真の肩へ静かに手を置く。


 強引ではない。


 だが逆らうことを許さない止め方だった。


「今は医療班にすべて任せてください」


「でも蓮が────」


「あなたが側にいると彼は興奮値が上がる」


 冷静な分析。


 それは事実だった。


 蒼真が近づくだけで、蓮の生体数値は明確に変動する。


 E.D.E.Nすら“観測対象”として記録するほどに。


 蒼真が唇を噛む。


 珍しく、迷っていた。


 研究者としてではない。


 一人の人間として蓮を放っておけない顔をしている。


 その表情を見た瞬間、蓮は胸が痛くなった。


 ああ、この人は本当に残酷だ。


 こんな顔をされたら、もっと欲しくなる。


 もっと自分だけを見てほしくなる。


「蒼真……」


 蓮がもう一度呼ぶ。


 すると蒼真は柊の制止を振り切るみたいに、一歩だけ近づいた。


 そしてそっと蓮の額へ手を当てる。


 熱を測るみたいな仕草。


 けれどその指先は、どこか優しすぎた。


「俺もすぐ行く」


 静かな声だった。


「だから今は早く治療を受けろ。……あまり心配させないでくれ」


 蓮は目を見開く。


 たったそれだけの言葉なのに。


 胸の奥がぐちゃぐちゃになる。


 蒼真はずるい。


 無自覚に人を縛る。


 そのくせ本人は何も分かっていない。


「……約束だからな」


 子供みたいに言うと、蒼真は少し困ったように笑った。


 疲れ切った顔をしている。


 それでも綺麗だった。


「分かってる」


 医療スタッフ達が蓮をストレッチャーへ移そうとする。


 身体が浮く。


 視界が揺れる。


 蓮は最後に柊を見た。


 柊は相変わらず無表情だった。


 凍てついた冬の夜みたいな顔。


 けれど蒼真の肩へ置かれた大きな手だけは、まだ離れていなかった。


 蓮の胸奥で、どろりとした感情が蠢く。


 E.D.E.Nが学習した“嫉妬”。


 それが自分の中にも確かにある。


 ストレッチャーが動き出す。


 白い天井が流れていく。


 遠ざかる接続室。


 それでも蓮は最後まで蒼真から目を逸らせなかった。








 扉が閉まる。


 急に静かになった。


 さっきまで響いていた警告音も、医療班の声も消えている。


 残ったのは、機械の低い駆動音だけだった。


 蒼真はその場に立ち尽くしていた。


 白衣の袖が僅かに乱れている。


 蓮に掴まれていた場所だ。


「……俺の判断ミスだ」


 ぽつりと落ちた声。


 柊は何も言わない。


 蒼真は視線を伏せたまま続ける。


「E.D.E.Nの変化には気づいてた。なのに……」


「統括主任」


 低い声が遮る。


 蒼真が顔を上げる。


 思ったよりずっと近くに柊が立っていた。


 蒼真の全身が、長身の柊の影にすべて覆われる。


 黒い戦術ジャケット。


 鋭い眼差し。


 冷たい硝子のような瞳。


 けれど今、その目だけが妙に熱を帯びている。


「あなたは自分を責めすぎる」


「俺が責任者なんだ。当然だろ」


「そんなことはありません」


 即答だった。


 蒼真が僅かに目を見開く。


 柊は滅多に否定を重ねない。


 だからこそ、その言葉は重かった。


「E.D.E.Nはあなたの想定を超えて進化している」


「……俺が作ったのに、か」


「だから危険なんです」


 静かな声だがその奥に、押し殺した感情が滲む。


 柊は一歩近づいた。


 追い詰めるように。


「あなたは、いつも自分が死んでも良いという前提で動く」


「そんなこと────」


「あります」


 遮る声が鋭い。


 蒼真が息を呑む。


「昔からずっとそうだ」


 その言葉に、空気が変わる。


 ただの護衛では知り得ない“時間”が滲んでいた。


 蒼真はそれに気づく。


「……柊」


「あなたは自分を削れば世界を守れると思っている」


 低い声だった。


 怒っているようにも苦しんでいるようにも聞こえる。


「でも、あなたが死んでしまったら、本当に終わるんです」


 蒼真の喉が小さく動いた。


 柊は感情を抑制されている。


 だからこそ分かる。


 これは、限界まで押し殺した言葉だ。


「俺は────」


「あなたはもっと、自分が誰にどう見られているかを理解してください」


 その瞬間、蒼真の背中が、不意に壁へ押し付けられた。


「……っ」


 驚きに目を見開く。


 逃げ道を塞ぐように、柊の腕が蒼真を囲んで壁に付いている。


 呼吸が触れそうなほど、近い。


 それでも柊の顔は静かなままだった。


 どんな激情をも全て凍らせる処置を受けた表情。


 蒼真が眼を見開く。


 柊はそれ以上何も言わない。


 ただ、長年押し殺してきた感情だけが、その沈黙の中に確かに存在していた。

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