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【BL】冷酷な最終兵器は俺にだけ執着する ーFalling into E.D.E.N ー  作者: 雨森ユキ


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第59話 薄氷の反射、偽りの陽光

 



 十三歳の蒼真は、まだ背が低かった。


 白衣の袖が少し長くて、指先が半分隠れていたくらいだ。


 それでも、研究棟の人間たちは誰一人として彼を子供扱いしなかった。


 地下第七層。


 I.W.S.C.極東中央研究局・AI統合制御部門。


 そこは窓が存在しない。


 昼も夜も分からない白色灯の下で、世界中から集められた研究者たちが眠ることを忘れたかのように働いていた。


 壁面モニターには絶えず戦況データが流れている。


 中東紛争区域。


 欧州自治圏暴動。


 東アジア海上封鎖。


 数字と死者数だけが、淡々と増えていく。


 その中央を、十三歳の蒼真が歩いていた。


 誰より小さい背中。


 けれど全員が道を開ける。


「主任補佐、お疲れ様です」


「解析結果、第三演算室へ転送済みです」


「桐生主任補佐、例のドローン制御誤差ですが────」


 大人たちが、少年へ頭を下げる。


 その異様さに気づく人間は、もう施設には残っていなかった。


 蒼真は足を止めず、淡々と端末へ指示を飛ばしていく。


「誤差じゃない。ニューラル予測側の優先順位が逆転してる」


「え……?」


「敵性反応を“個体”じゃなく“群れ”として認識してる。アルゴリズムを書き換えろ」


 研究員が青ざめながら走っていく。


 蒼真はモニターへ視線を戻した。


 そこには無人戦闘機のリアルタイム映像が映っている。


 炎上する市街地。


 崩落した高架。


 泣き叫ぶ人間。


 その中を、機械兵器が静かに進んでいく。


 蒼真は瞬きひとつしない。


 慣れているからだ。


 十二歳でこの部署へ入れられてから、毎日見てきた。


 AI戦術制御。


 つまり、“どれだけ効率的に人を殺せるか”を計算する仕事。


 誰が死ねば被害が最小になるのか。


 どこを焼けば戦争が早く終わるのか。


 何人見捨てれば、全体が助かるのか。


 十三歳の頭脳に、人類はそういう答えばかり求めた。


 蒼真は優秀すぎた。


 だから誰も止めなかった。


 ────君は人類の未来だ。


 ────感情に左右されない判断ができる。


 ────君だけがE.D.E.Nを完成させられる。


 そう言われ続けた。


 けれど、ある夜。


 蒼真は初めて、自分の演算結果で死ぬ人間の顔を見た。


 中央モニターに映る場所。


 反政府武装区域。


 制圧対象ビル。


 蒼真が組んだ予測AIは、“上階ごと爆破した方が被害率が低い”と結論を出した。


 実行承認からわずか三秒後。


 画面が白く光った。


 轟音。


 崩壊。


 そして煙の中から、一瞬だけ映った。


 小さな子供だった。


 瓦礫の隙間で、誰かを庇うように抱きついている。


 蒼真と同じくらいの年齢だ。


 次の瞬間にはノイズが走って映像が消えた。


「……」


 周囲の研究員たちは歓声を上げていた。


「成功です!」


「制圧完了!」


「人的被害、予測値以下!」


 誰も、あの子供を見ていない。


 いや。


 見ても、“数値”としてしか認識していない。


 蒼真だけが、画面を見つめたまま動かなかった。


 その時初めて、自分の指先が震えていることに気づいた。


 気持ち悪かった。


 喉の奥が焼けるみたいだった。


 けれど、吐くことも泣くこともできなかった。


 自分がしたことから逃げられなかった。


 そんな機能は、とっくに削られていたから。


「……桐生主任補佐?」


 研究員が不思議そうに声をかける。


 蒼真は数秒遅れて視線を上げた。


 そして、静かに言った。


「次の戦域データを」


 その声は驚くほど平坦だった。


 その日からだ。


 蒼真が“壊れ始めた”のは。


 感情を切り離すことを覚えた。


 そうしないと、生きられなかった。


 命令。


 演算。


 最適化。


 人命を数字へ変換する。


 それを繰り返しているうちに、自分がどこにいるのか分からなくなっていった。




 ♢




 十五歳の冬だった。


 北部防衛区域、第七隔離港。


 海から吹きつける風と雪とは刃のように鋭い冷たさで、夜の埠頭には硝煙と鉄錆の匂いが沈殿していた。


 制圧作戦終了直後────。


 空にはまだ無人戦闘機の赤い航行灯が点滅している。


 蒼真はヘリポート脇のコンテナにもたれたまま、濡れた防弾ジャケットの袖をぼんやり見下ろしていた。


 耳鳴りがする。


 遠くで誰かが怒鳴っている。


 死体袋のファスナーが閉じる音。


 担架の金属音。


 全部が、妙に遠かった。


 脳だけが切り離されて、透明な箱の中へ閉じ込められているみたいだった。


 中央演算AIは正常稼働。


 作戦成功。


 人的損耗、予測値以下。


 そのはずなのに。


 瓦礫の隙間で泣いていたあの子供の顔だけが、焼き付いて離れない。


 蒼真はそっと目を閉じた。


 その瞬間、爆炎が瞼の裏に蘇る。


 白い光。


 崩れる天井。


 赤熱した鉄骨。


 誰かの悲鳴。


 喉の奥がひどく気持ち悪かった。


 けれどやはり吐けない。


 泣けない。


 ただ静かに、壊れていくだけだ。


「……おい」


 低い声が降ってきた。


 蒼真はゆっくり顔を上げる。


 軍服の上着を雑に肩へ引っ掛けた男が立っていた。


 濡れた金髪。


 鋭い薄氷の目。


 咥えた煙草の先だけが、夜の中で赤く灯っている。


 アレクシスだった。


 まだ今より若い。


 それでも既に、何人殺してきたのか分からない荒んだ目をしていた。


「お前、また飯食ってねえだろ」


「必要ありません」


「そういう返答しかできねえのか、お前は」


 蒼真は答えなかった。


 アレクシスは煙草を吐き捨てると、蒼真の真正面へしゃがみ込んだ。


 ぐっと顔を近づけてくる。


 白い肌、高い鼻梁の美しい顔が、目の前に迫った。


 硝煙と煙草と、冷たい雨の匂いがした。


「……顔色、終わってるぞ」


「平気です」


「平気な奴は、そんな目はしねえよ」


 蒼真は少しだけ眉を寄せた。


「どんな目ですか」


 アレクシスはしばらく黙っていた。


 まるで言葉を探すみたいに。


 それから小さく笑った。


「死にたがってる奴の目」


「!」


 その言葉に、蒼真の呼吸が一瞬止まる。


 図星だった。


 正確には、“生きたい理由が無い”。


 けれどそれを口にする機能は、蒼真の中には存在しなかった。


「……任務がありますから」


「は」


 アレクシスが呆れたように笑う。


「それ、十二のガキが言う台詞じゃねえよ」


「もう十五です」


「どっちでもいいよ」


 そう言って、アレクシスは唐突に蒼真の頬へ触れた。


 冷え切った指だった。


 蒼真の肩が微かに震える。


 人に触られること自体、久しかった。


「っ……」


「冷った」


 アレクシスは眉をしかめる。


「お前、自分が人間だって感覚あるか?」


 答えられない。


 分からなかった。


 人間とは何なのか。


 感情とは何なのか。


 自分はただ、演算して、命令を処理して、生きているだけだ。


 その沈黙を、アレクシスは否定しなかった。


 ただ静かに見つめてきた。


 その目だけが、不思議なくらい優しかった。


 蒼真は視線を逸らせなくなる。


「……可哀想に」


 その、一言。


 たったそれだけで。


 蒼真の中の何かが、ひび割れた。


 誰も言わなかったからだ。


 天才。


 救世主。


 人類の希望。


 そんな言葉ばかりだった。


 もう壊れそうだと気づいた人間は、一人もいなかった。


 なのにこの男だけは、蒼真を“ユニット”ではなく、“子供”として見た。


 胸の奥が痛かった。


 理由も分からず。


 苦しくて、息が、できなくて。


 気づけば蒼真は、無意識にアレクシスの軍服を強く掴んでいた。


 自分でも驚いた。


 止める前に、身体が動いていた。


 アレクシスも少し目を見開く。


「……お前」


 蒼真は俯いたまま、小さく言った。


「……帰りたく、ない」


 雨音だけが響く。


 アレクシスは何も言わなかった。


 代わりに、蒼真の濡れた前髪をそっと掻き上げる。


 その手つきはあまりに静かで優しかった。


 蒼真は抵抗できなかった。


「……お前、もう限界なんだろ」


「……分かりません」


「分かれよ。自分が、壊れるぞ」


「もう壊れてます」


 おもわず呟いた。


 アレクシスの表情が僅かに歪む。


 次の瞬間。


 蒼真は強く腕を引かれた。


 気づけば、軍服の胸元へ額を押し付けられている。


 鼓動の音がした。


 人間の体温だった。


 あたたかさに蒼真は混乱する。


 こんなふうに抱き締められた記憶が無い。


 どうしていいか分からない。


 けれど、離れたくないと思ってしまった。


「……っ」


「寝ろ」


「えっ、ここで?」


「今のお前なら立ったままでも倒れる」


 低い声が耳元へ落ちる。


 なぜか安心してしまう声だった。


 それが怖い。


 依存してしまいそうで。


 蒼真は震える指で、アレクシスの服を掴み直した。


 アレクシスはそれに気づいたのか、小さく息を吐く。


「……ほんと、罪だな。お前みたいなのを作った連中ってのは」


 蒼真は目を閉じた。


 その瞬間。


 額へ、柔らかい感触が落ちた。


 一瞬、理解できない。


 数秒遅れて、キスだと気づく。


「……な、に」


「応急処置」


「意味が分かりません」


「俺も分かってねえ」


 アレクシスは苦く笑った。


 その顔が、ひどく疲れて見えた。


 たぶん彼もまた、この世界に壊された側だった。


 だから放っておけなかったのだろう。


 自分と同じような、壊れかけの子供を。


 蒼真は視線を逸らせない。


 薄氷の瞳の中に、自分が映っている。


 兵器でも救世主でもない。


 ただの、傷だらけの子供として。


 次のキスは、さっきより深かった。


 煙草の苦い匂い。


 冷たい唇。


 けれど触れ方だけは驚くほど優しい。


 蒼真は抵抗するべきだと思った。


 倫理規定。


 所属規律。


 年齢。


 全部理解している。


 だが拒絶できなかった。


 誰かに“触れてほしい”と思ってしまったから。


 壊れたままでもいいと、許された気がしたから。


 その夜、蒼真は初めて、人の腕の中で眠った。


 その先の記憶は曖昧だ。


 ただ夜明け前、薄暗い仮眠室で。


 アレクシスが蒼真の髪へと触れながら、低く呟いた言葉だけは覚えている。


「……お前は、人殺しなんかじゃねえよ」


 その瞬間。


 蒼真は泣きそうになった。


 でもやっぱり、泣き方は分からなかった。

なんかいっつもアレクシスの名前間違う……ナンデダー

アレクセイになってるーうそおぉってなる(>_<)

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