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【BL】冷酷な最終兵器は俺にだけ執着する ーFalling into E.D.E.N ー  作者: 雨森ユキ


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第56話 高層集合住宅への帰路/2053/風が迷う夜

 



 夜の高速道路を、黒い防弾車両が滑るように走っていた。


 窓の外では、雨に濡れた高層群の光が細長く滲んでいる。


 都市そのものが巨大な電子回路のようだった。


 静かすぎるほど、静かだ。


 運転席にはアレクシス。


 助手席には無言の柊一真。


 後部座席には蓮と蒼真。


 今日は珍しく蒼真も定時に上がれたので、四人で車に乗る事になった。


 昼間はアレクシスとまた二人で出かけていたようだ。


 けれど今日は、どこか四人の空気が違った。


 蒼真はタブレット端末を膝に乗せ、薄い光を目元に落としている。


 視線は資料へ向けられているのに、指が止まっていた。


 隣に座る蓮が、さっきから妙に静かだからだ。


「……蓮」


 低い声で名前を呼ぶ。


 蓮は窓の外を見たまま、少し遅れて白い顔を上げた。


「具合でも悪いのか」


「別に」


 素っ気ない返事。


 だが、そのあと、珍しく言葉が続かなかった。


 蒼真は小さく眉を寄せる。


 蓮は普段、もっと刺々しく返す。


 “別に”のあとに壁を作るような人間だ。


 なのに今日は、何かを飲み込んでいる。


 車内に、タイヤが水を裂く音だけが響く。


 やがて蓮は、膝の上で握っていた拳をゆっくり開いた。


 そのまま前方を見る。


 助手席に座る黒い戦術スーツ姿の男。


 柊一真。


 感情を削ぎ落として凍てついた横顔。


 微動だにしない背中。


 人間というより、銃器の延長のような男だった。


 蓮は少しだけ唇を噛み、そして不意に口を開く。


「……柊」


 聞いてはいるが柊は反応しない。


「……朝の話の続き。俺に戦い方、教えてくれないか。……頼む」


 その瞬間、車内の空気が変わった。


 アレクシスがバックミラー越しに目を細める。


 蒼真は瞠目して顔を上げた。


「……!?」


 柊だけが動かない。


 雨音だけが静かに落ちてくる。


 やがて柊が淡々と言った。


「お前には必要ない」


 即答だった。


 感情の入る余地すらない声。


 蓮は俯かない。


 まっすぐ前を見る。


「俺には必要だ」


「お前は戦闘員ではない」


「今はな」


 短く返した声に、初めて柊の視線が動いた。


 バックミラー越しに、暗い瞳同士がぶつかる。


 蒼真が静かに口を挟む。


「蓮!」


 制止の声。


 けれど蓮は止まらなかった。


「守られてるだけなのは、もう嫌なんだよ」


 その言葉に、蒼真の指先がわずかに止まる。


 蓮は続ける。


「蒼真、いつも勝手に危ない場所行くだろ」


「……」


「だけど俺は家で待ってるしかない」


 車窓に都市のネオンが流れる。


 青白い光が、蓮の横顔を照らした。


 整ってはいるが、幼さの残る輪郭。


 傍目にはただの十三歳の少年だ。


 けれどその目だけが、妙に切実だった。


「何もできない方が苦しい」


 蒼真は返事ができなかった。


 その沈黙を破ったのは柊だった。


「統括主任」


 凄みのある低い声。


「許可しないでください」


 蒼真が彼に視線を向ける。


 柊は前を見たまま続けた。


「戦場に適性がある人間ほど、壊れやすいんです」


 淡々としているのに、その言葉だけ妙に重かった。


 今までの様々な経験を伺わせる深い声だった。


 蓮が小さく笑う。


「……あんた、自分のこと言ってんの」


 柊は答えない。


 代わりにアレクシスが低く喉で笑った。


「坊や。柊に喧嘩を売るのはおすすめしない」


「……」


 黙り込む代わりに、蓮はアレクセイを後ろから睨んだ。


 そこで初めて、柊がわずかに振り返った。


 視線の先は蓮ではない。


 蒼真だった。


「統括主任」


 その声は不思議なほど静かだった。


「あなたは、この子を修羅の世界に落としたいんですか」


 蒼真はとっさに答えられない。


 窓の外では、雨粒が絶えずガラスを叩いている。


 その向こうに広がる平和な都市の光景は、どこまでも綺麗で、どこまでも冷たい。


 蒼真は知っている。


 殺し合いで人間がどう壊れるか。


 感情を削られ、命令だけで動く兵士がどんな目をするのか。


 柊一真という完成品が、すぐ目の前にいる。


 だからこそ、蓮にはそちら側へ行ってほしくなかった。()()()


 だが、蓮は真っ直ぐ蒼真を見ていた。


 助けを求める目ではない。


 守られる側でいることを強く拒絶する目だった。


 その蓮の視線に、蒼真はひどく弱い。


 普段から蓮に甘すぎる自覚は、ある。


「…………」


 長い沈黙のあと。


 蒼真は静かに息を吐いた。


「……柊」


「はい」


「基礎だけ教えろ」


 車内の空気が止まる。


 アレクシスが片眉を上げた。


 柊だけが動かない。


 だが次の瞬間。


「お断りします」


 蓮が目を見開く。


 蒼真ですら少し黙った。


「理由は」


「死ぬからです」


 あまりにも真っ直ぐな返答。


 冗談も婉曲もない。


 柊は低く続ける。


「この子は、おそらく適応しすぎる」


 その言葉に、蒼真の目がわずかに揺れた。


 柊はバックミラー越しに蓮を見る。


「君は戦いを覚えるべきじゃない」


 その声音だけ、珍しくほんの少し人間味があった。


「統括主任を悲しませるようなことはするな」


 命令でも警告でもない。


 けれど蓮は目を逸らさない。


「それでも」


 静かな声だった。


「蒼真が傷つくのを見てるだけよりずっとマシだ」


 その瞬間、柊の指先がぎりっと音を立てて握りしめられ、何かに迷うように目線がわずかに動いた。


 何か言おうとして、口を開くが結局押し黙る。


 感情抑制処置済みの兵士には、本来ありえない反応だった。

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