第49話 TOKYO DEEP-9/2052/星のかけら
旧首都圏外郭防衛網────かつて大規模災害と国家崩壊を想定して構築された地下避難システム。
そのさらに下層に、一般記録から完全に抹消された区画が存在する。
東京湾地下、深度六百二十メートル。
正式名称は中央第零情報統括局。
通称、TOKYO DEEP-9。
表向きには存在しない施設だった。
公式地図には記載されず、衛星写真にも映らず、行政記録上では数十年前に閉鎖された政府合同庁舎の地下設備として処理されている。
入口は霞ヶ関第六合同庁舎。
老朽化した灰色の建築物だ。
夜になれば窓のほとんどは消灯し、警備員すら最低限しか配置されていない。
だが、その地下に降りるエレベーターだけは違った。
二重三重に厳重に管理され、万が一にも部外者が入り込むことは出来ない。
蓮は無言のままそれに乗っていた。
金属質の壁。
振動の無い下降。
現在深度を示す数字だけが、青白く点灯している。
B12。
B21。
B37。
常識的な地下構造を超えた辺りで、蓮はようやく口を開いた。
「……どこまで潜る気だ」
向かい側に立つ蒼真は、壁に背を預けたまま視線を上げない。
「もう地下街とも言えない」
静かな声だった。
「ここから先は、普通の都市機能そのものからは隔離されてる」
数字はさらに下がる。
B54。
耳が微かに詰まる。
気圧制御が切り替わったのだと分かった。
蓮は舌打ちする。
「気分わる……」
「同感だ。つい最近俺も、似たようなお化け屋敷に行く羽目になった」
蒼真は苦笑しながら即答した。
その反応が妙に人間らしくて、蓮は物珍しさに眉をひそめた。
やがてエレベーターが停止する。
電子音を響かせて、重厚な隔壁が左右へ開いた。
蓮は言葉を失った。
白色照明が遥か上空の天井まで連なり、幾重もの立体歩廊が空中を横断している。
無数のホログラム。
自律搬送機。
演算塔。
ガラス壁面の内部を流れる青白い冷却光。
人間よりも機械の方が多い。
研究員たちは皆、感情を削ぎ落としたような顔で歩いていた。
ここには昼も夜も存在しない。
ただ演算業務だけがある。
まるで、機械都市だ。
「……何だよ、ここ」
蓮の呟きは、巨大空間に吸い込まれていく。
蒼真は少しだけ目を細めた。
「TOKYO DEEP-9」
その声は妙に静かだった。
「I.W.S.C.中央第零情報統括局、東京深層第九演算管理区画」
蓮は周囲を見渡す。
遠く上層を、軍用ドローンが無音で横切った。
巨大モニターには世界各地の監視映像が並んでいる。
紛争地帯。
海上都市。
軌道エレベーター。
宇宙港。
全部、ここに繋がっている。
ぞっとするほど巨大な神経網。
「……すごいけど、────異常」
「うん。ここでは、世界のほぼ全てを観測してる」
蒼真は淡々と言う。
「だから俺たちは、地下に隠れてる」
その言い方に、蓮は小さく眉を寄せた。
“俺たち”。
蒼真は、自分をその異常者側の人間として語った。
蓮は初めて理解する。
この男は、ただの研究者なんかじゃない。
この場所そのものに呑まれている。
あるいは既に、同化している────。
蒼真が歩き出す。
「こっち」
蓮は数秒だけ立ち尽くした後、素直に後を追った。
立体歩廊のガラス床の下。
さらに深い場所が見える。
第八層。
第九層。
最下層。
底の見えない暗闇の中心で、巨大な白い構造体だけが静かに脈動していた。
まるで地下に埋め込まれた人工の神経核。
蓮はそれを見た瞬間、理由もなく息が詰まった。
嫌な予感しかしない。
本能が拒絶している。
「……あれは、何だ」
蒼真の足が止まる。
数秒の沈黙。
それから彼は、感情を押し殺した声で言った。
「────これが俺たちの秘密────人類管理AI、E.D.E.N……」
その瞬間。
最下層の白い光が、ゆっくりと明滅した。
まるで────。
ずっと以前からこちらを認識していたかの様に。
「……俺はちょっと業務連絡でしばらく席を外すよ。蓮、悪いけどしばらくE.D.E.Nの相手をしてあげて」
手元の端末をのぞき込みながら蒼真はそう言うと、足早に扉の外へ消えた。
蓮とE.D.E.N────ふたりきりに、なる。




