第50話 TOKYO DEEP-9/2052/人の想いときみと
────白い、光。
中央に浮かぶ、半透明の球体。
生きているような脈動は、やはり明確だった。
まるで、長い間待っていたかのように。
『……認識、興味』
どこからかすぐに、声が届く。
蓮は一歩、巨大な白い神経の束に向かって踏み込む。
「……どういう事だ」
構わず進む。
恐れはない。
あるのは、ただの違和感。
自分が“知られている”という、確かな実感。
『私の、AHI。……来訪を歓迎』
「……好きで来たんじゃない。お前のものでも、無い」
皮肉を返す。
ほんの一瞬、光が揺れた。
まるで────笑っているようだ。
『……興味、継続』
蓮は眉を寄せる。
「そればっかりだな」
『未知は、価値を持つ』
『あなたは、未定義である』
静かな断定。
蓮は目を細める。
「俺はお前が気に入らない」
『だが、必要である』
その言葉に。
ほんのわずかに、引っかかる。
「……何にだ」
一瞬の沈黙────そして。
『私を彼のために完成させて欲しい』
『その為に、あなたという犠牲が────』
その瞬間。
背後で、扉が開く音がした。
振り返る。
蒼真が立っていた。
静かに、こちらを見ている。
その目は、先ほどまでとは違っていた。
ほんのわずかに────焦りにも似た、何かが滲んでいる。
「……何を話してた」
蒼真にしては珍しい、低い声。
蓮は肩をすくめる。
「さあな。“お前のためにコイツには俺が必要”だってさ」
蒼真の表情が止まる。
次の瞬間。
わずかに視線を落とした。
────その反応を。
蓮は、見逃さなかった。
(……やっぱりな)
この二人────と言っていいかわからないが────の間には。
まだ、自分の知らない何かがある。
そしてそれは────他人には推し量れないほどに、深い。
静かに脈打つ白い光。
揺れる視線。
交わらないはずの三つの存在が。
確実に、ひとつの軌道に引き寄せられていく。
逃げ場は、もうどこにもない。
光が、わずかに揺れる。
その中心に立つ蓮と、扉の前にいる蒼真。
そして、その間を満たす沈黙は、ただの無音ではなかった。
────選ばれる側と、選ぶ側。
その境界が、曖昧になり始めている。
「……俺のために、か」
蒼真が小さく繰り返す。
声は静かだったが、その奥に確かなしこりがあった。
蓮は肩越しに振り返る。
「心当たりある顔だな」
「……ない、って言ったら嘘になる。評議会は恐ろしい組織だから」
あっさりと認める。
その潔さが、逆に蓮の神経を逆撫でした。
「隠す気もないのかよ」
「君には、あまり意味がないからね」
淡々とした返答。
だがその言葉は、拒絶ではなかった。
むしろ────境界線を引かない、という選択だった。
蓮は一歩、蒼真の方へ近づく。
距離が縮まる。
互いの呼吸が、わずかに交じる距離。
「……意味がない、ね」
低く、確かめるような声。
蒼真は逃げない。
視線を逸らさない。
「君は、うそを見抜く」
その言葉に、わずかに引っかかる。
「知らないままでいられる鈍感な人間なら、もっと楽に生きて、やがて死ねるのに」
ほんの少しだけ、苦笑に似た表情。
その瞬間。
蓮の胸の奥が、わずかにざわつく。
恐れや怒りではない。
(……なんだ、それ)
分からない。
分からないが────、
蒼真の少し悲しそうにも見える綺麗な眼から────目を逸らせなかった。
さらに一歩、近づく。
「なら、ぜんぶ教えろよ」
ほとんど囁きに近い距離。
「中途半端が一番嫌いなんだ」
その時二人の間を、白い光が震えながら遮る。
『……干渉、検出』
E.D.E.Nの声が、低く割り込む。
『距離、過近接』
まるで警告のように。
だが、その言葉に蓮より早く反応したのは────蒼真だった。
「E.D.E.N、いいよ……こんなこと、しなくても」
短く、切り捨てる。
今まで見せたことのない、柔らかいが明確な拒絶。
その一言に、空気が変わる。
E.D.E.Nの光が、わずかに明滅する。
『……了解』
静かに、引いた。
蓮は目を細める。
(……今のは)
ただの命令じゃない。
“優先順位”だ。
E.D.E.Nは蒼真の意志を何よりも優先する────。
その事実が、妙に生々しく胸に残る。
「……随分と、大事にしてるんだな」
思わず、考えたことが口に出た。
どちらを指しているのか、曖昧なまま。
蒼真は、ほんの一瞬だけ睫毛を伏せた。
そして────、
「……大事だよ。E.D.E.Nも、……そして君も」
静かな答え。
嘘はない。
誤魔化しもない。
だからこそ、逃げ場がなかった。
蓮は息を止める。
その言葉の重さを、無意識に受け止めてしまう。
「……は?」
思わず、間の抜けた声が出る。
蒼真は、わずかに首を傾けた。
「E.D.E.Nは、俺が育てた。全責任は俺が背負う」
ゆっくりと言葉が紡がれる。
「君は────特別だ。E.D.E.Nにとっても、俺にとってもね」
「だから、ここまで連れて来た。普段は、俺以外入室許可出ないんだ」
「でも今の君はとても危うい。立場的にも、感情のコントロール面でも」
視線が、真っ直ぐに落ちてくる。
「だから、放っておけないんだ。E.D.E.Nと同じくらい、ね」
それは、分析でも評価でもない。
ただの────蓮にはまだ理解できない、感情だった。
「それは俺がAHIだからだろ」
「もちろん、それもある。君にはこれから先、もっと豊かな感情を手に入れてほしい」
「……ひとの傷みを、理解できるくらいに。これから先、後悔する事が無いように」
蓮の心拍が、わずかに乱れる。
(……冗談だろ)
継ぎ接ぎの自我、そして記憶。刷り込み。
今までの自分の内にあるのはそれだけだ。
蓮には蒼真が言うようなものは、到底理解できるとは思えない。
けれど、目の前の瞳から視線を逸らせない。
蒼真の手が、わずかに動く。
触れるか、触れないかの距離で止まる。
選択を委ねるように。
蓮は、その手を見下ろす。
拒むことはできる。
振り払うこともできる。
しかし指先が、以前のようにまた勝手に動いた。
ほんの一瞬────触れる。
それだけで空気が、変わる。
『……記録』
EDENの声が、かすかに震える。
『状態変化、顕著』
まるで。
“感情”を観測しているかのように。
(……いや、実際こいつには全てが観測できるわけか)
蓮は小さく息を吐く。
「……最悪だな」
何がとは言わない。
ただ、もう分かっていた。
この関係は、単純には終わらない。
壊れるか。
歪むか。
互いに敵となるか。
それとも────捕まって、どこにも行けなくなるか。
白い光は、静かに脈打ち続けている。
あたかもそのすべてを、見届けるつもりでいるかのように。




