↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【BL】冷酷な最終兵器は俺にだけ執着する ーFalling into E.D.E.N ー  作者: 雨森ユキ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/153

第41話 第13研究棟/2052/凶歌(まがうた)

 



 その誓いは、激しい情動からくる叫びではなかった。


 静かに沈殿し、沈黙の底で結晶した“結論”だった。


 以後、蓮は変わった。


 いや、正確には────今まで以上に変化を外部に悟らせない術を獲得した。


 反抗的なそぶりは一切、なりを潜めた。


 視線は伏せられ、応答はさらに従順で簡潔になる。


 命令には遅延なく素直に従い、想像を絶する苦痛に対しても過剰な反応を示さない。


 “非常に扱いやすい被験体”。


 観測者たちはよろこんでそう評価を更新した。


 だがそれは、彼らが期待した従順とは本質的に異なるものだった。


 蓮は屈服したのではない。


 ただ、外から観測される自分を“再構築した”だけだった。


 監視とは、完全ではない。


 視覚装置には必ず限界があり、記録には偏りが生じる。


 死角は空間的にだけでなく、時間的にも存在する。


 例えば────カメラの切り替え間隔、警備員の巡回の癖。


 蓮はそれらを記憶し、重ね、誤差を計算していった。


 はじめは、ただ“観る”ことから始まる。


 拘束具の締め付けの微細な個体差。


 研究員の利き手。


 足音の周期。


 呼吸の乱れ。


 すべてが情報だった。


 そしてある日、ひとつの確信が生まれる。


 ────この世に完璧はない。


 その瞬間から、蓮にとってこの世界は“箱庭”に変わった。


 解析可能な対象。


 介入余地を持つ、未完成の模型。


 最初の“消失”は、偶然に見えなければならなかった。


 対象は若い補助研究員。


 観測精度が低く、業務への集中力にもばらつきがある。


 蓮は選ぶ。


 最も注意が向けられていない時間帯、記録が粗くなる区画、“逸脱が統計的に埋もれる”条件────。


 行為そのものは、一瞬だった。


 だがそこに至るまでに積み重ねられた準備は、ほとんど狂気に近い精密さを帯びていた。


 翌日、報告は簡潔だった。


「補助研究員所在不明。事故の可能性あり」


 それ以上は追及されない。


 この施設において、個体の消失への扱いは研究員でも被験体でもあまり差はない。


 むしろ、一定の頻度で発生する“誤差”として処理される。


 蓮は学習する。


 “異常”は、頻度によって“日常”に偽装できる。


 二度目は、より滑らかだった。


 違和は残らない。


 痕跡は発生しない。


 記録には“空白”だけが残る。


 やがてそれは、繰り返される。


 一人、また一人。


 白衣の研究員たちは消えていく。


 蓮は決して急がない。


 間隔を空け、規則性を排除する。


 因果関係を断ち切る。


 必要なのは効率ではない。


 発覚しないこと、それだけだった。


 十二歳という年齢は、本来ならば未熟さの象徴であるはずだった。


 しかしこの閉鎖環境において、蓮は既に“適応”の域を超えている。


 彼は理解していた。


 力では勝てない。


 感情は露呈すれば終わる。


 自分は観測される対象であり、利用される資源にすぎない。


 だから、喜びも、恐怖も、嫌悪も表層からは排除した。


 すべてを均一化し、測定不能なノイズへとわざと分解する。


 残るのは、内部でのみ機能する意思。


 冷却された殺意。


 それはただ、絶対零度の熾火として周囲の熱を奪い続ける。


 ある晩。


 非常灯だけが廊下を照らしていた。


 白は灰色へと沈み、輪郭は曖昧になる。


 音は吸収され、空間そのものが息を潜めているようだった。


 蓮はじっと動かずに壁際に立っている。


 ただ、そこに“存在しないように”存在を殺している。


 やがて疲労と注意力の低下を感じさせる、わずかに乱れた足音が近づく。


 その瞬間だけ、世界が開く。


 次の瞬間には、何も残らない。


 音も、影も、証拠も。


 ただ翌朝、ひとつの報告が追加されるだけだ。


「……また一名、確認できません」


 それを聞いたとき、蓮は視線を上げなかった。


 関心がないわけではない。


 むしろ逆だ。


 すべてを正確に把握している。


 誰が消え、どの程度の揺らぎが生じ、どのように修正されるのか。


 現場には決定的な痕跡は残らない。


 あるのは、説明可能な範囲に収まる微細な乱れ。


 倒れた器具。


 途切れたログ。


 それらはすぐに補正され、日常の中へと回収されていく。


 蓮は、その過程すら観察していた。


 どこまでが“許容される誤差”なのか。


 どの程度の異常ならば、体系は自壊せずに維持されるのか。


 彼にとって行為は目的ではない。


 研究棟全体の挙動を測るための、確実な試みだ。


 そして、その結果として現れる“消失”。


 それが繰り返されるたびに、施設の内部には見えない歪みが蓄積していく。


 だが誰も、それを“だれかの意図”とは認識しない。


 なぜならそこに、明確な凶器も、明白な手段も存在しないからだ。


 ただ、確率の中に紛れた出来事。


 偶然に似せた必然。


 それだけが、静かに増えていく。


 そして蓮は、今日も同じように立っている。


 白い廊下の片隅で。


 何も持たず、何もしていないように見える姿で。


 だがその内側では、音もなくすでに次の“消失”が設計されている。


 ただ確実に、この閉じた世界を削り取るための手順として。


 世界は依然として閉じている。


 だがその内部で、確実にAHI-09による侵食が進んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。