第37話 AXIOM/最深層会議室Ⅱ/音声のみ・記録無し
異様な空間での接見は終了した。
促されて、どこか呆然とした様子の蒼真が退出する。
“扉”が閉じた瞬間────、空間の位相がわずかに変調した。
外界との接続が断たれる。
ここから先は、記録されない。
残るのは、七つの“歪んだ影”。
意思が物質を凌駕し、現実の定義そのものが書き換えられる、臨界点。
人類が未だ踏み越えてはならないと信じていた境界線を、すでに越えてしまった側の空間だった。
最初に口を開いたのは、再び────。
DOMINION I:ORIGIN「適応指数は、想定以上だ」
その声は、評価というよりも確認に近い。
「桐生蒼真。個体としての限界値は、すでに平均人類を逸脱している」
間を置かず、別の声が重なる。
DOMINION II:JUDGE「逸脱ではない。逸脱“可能性”だ」
「現時点では、まだ人間の範疇にある」
それは意見の対立ではない。
定義の微調整にあたるようだ。
DOMINION III:ARCHITECT「だが、E.D.E.Nの設計思想と彼の思考構造は、極めて高い相関を示している」
「偶然とは考えにくい」
光の歪みが、わずかに強まる。
「E.D.E.Nが彼を選んだか、あるいは────」
言葉は途中で切断される。
DOMINION IV:GENERAL「重要なのは適応するか否かではない」
低く、圧力を伴う声。
「制御可能性だ。彼は最後まで我々の命令に従うか」
短く問いかけてくる。
しかしこの場において、それは最も本質的な問題だった。
DOMINION V:MARKET「従うでしょう」
軽やかでありながら、冷酷な断定。
「彼は合理的です」
「合理性は最も安価で最も安定した支配構造を形成すると言う事は、この場にいる者なら皆分かっている筈」
わずかな笑みの気配すら含まれる。
「理想や信念に依存する個体より、遥かに扱いやすい」
DOMINION VI:PRIEST「……だが、信仰を持たぬ者は、いずれ“別の何か”に帰依する運命だ」
静かで、底知れぬ声が反論する。
「彼の内側には、空白がある」
「それを抱える者は、必ず他の何かで満たそうとする」
一瞬の間をおいて、続ける。
「それがE.D.E.Nである保証はない」
DOMINION VII:KEEPER「それでは総括に入る。対象の記録参照を推奨する」
七人の中では一際機械的な声音が纏めた。
同時に、空間そのものに情報が展開される。
それは、蒼真の過去の断片だった。
蒼真の思考分析、意思決定履歴、倫理判断の偏差────。
「彼は、選択の際に“他者”を基準としない」
「常に最適解へと収束する」
「この傾向は一貫している」
結論の提示。
「将来的に統制不能となる可能性は高い。しかし制圧は可能な範囲と推測される」
座に、沈黙が満ちる。
それは否定ではない。
全員が同一のデータを共有し、同時に異なる結論へ至る過程。
DOMINION I:ORIGIN「E.D.E.N計画の進行において、彼以上の適任は存在しない」
それは事実だった。
「ゆえに、排除は選択肢に含めない」
決定の言葉が落ちる。
DOMINION II:JUDGE「ならば条件を付すべきだ」
「不測の事態に備えた処理手順を、事前に確定しておく必要がある」
DOMINION IV:GENERAL「同意する」
「暴走は戦術的損失に直結する」
「排除ではなく洗脳、もしくは完全無力化を提案する」
DOMINION V:MARKET「彼は評議会の資産だ。失うには高価すぎる」
「その価値は維持すべきです」
DOMINION VI:PRIEST「魂の価値を、カネに還元するのか」
かすかな嘲りが滲んだ。
DOMINION V:MARKET「すでに還元されていますよ。ここに来た時点でね」
影の中にわずかな歪み。
それは、笑いに似た何か────。
DOMINION III:ARCHITECT「E.D.E.Nは、単なるシステムではない」
「人類の認識構造そのものを書き換える装置だ」
「世界のすべては、楽園に坐す神とも言うべき存在に掌握される」
DOMINION VII:KEEPER「予測不能領域に移行」
DOMINION III:ARCHITECT「それでも、我々は探求を止めない」
「それこそが“選ばれし者”の義務だからだ」
DOMINION I:ORIGIN「────計画は現行のまま継続される」
「本日をもって対象を24時間監視へと切り替える」
「イレギュラーが確認され次第即時拘束する事と決定する。────これ以上の議論は、今は不要だ」
言葉の最後に、すべてを統合する圧力がかかった。
七つの歪みが、わずかに収束する。
それは合意の成立。
否、すでに決まっていた結論の、形式的な確定だった。
空間の光が、さらに減衰する。
影たちが存在していた事実が、希薄になっていく。
全てが幻のように無くなる。
後にはただ、墓場のような沈黙だけが横たわっていた。




