第36話 AXIOM/最深層会議室
2052年────南極に位置するとある場所、氷床下三千メートル。
地上の気象も、海流も、磁場の揺らぎさえも、その深度には届かない。
数百万年かけて堆積した氷の層は単なる自然の産物ではなく、外界と切断された“絶対的な遮蔽体”として機能している。
そのさらに下、基盤岩を穿ち、地殻の歪みすら計算に組み込んで構築された巨大構造体の名は────。
AXIOM。
それは普通の施設ではないし、あるいは都市でもない。
定義するならば、“恒常化された閉鎖世界”。
外界と情報的・物理的に断絶された、完結した世界そのものだった。
外観と呼べるものは、存在しない。
地表に露出しているのは、わずかに隆起した楕円状の黒橡に輝く金属構造のみで、地表からはその全貌はまるで分らない。
雪と氷に半ば埋没し、人工物であることすら視認しづらい。
だがその内部は、垂直方向へと異常な深度を持つ。
最上層は偽装区画。
観測衛星や探査機に対するノイズ生成、熱分布の攪乱、電磁的欺瞞────。
あらゆる検知手段を“誤認”させるためだけに存在する階層だ。
その下に、一応の居住区画があるが────。
しかし“生活”という概念はここでは極度に希薄である。
無機質な白色空間、昼夜の区別なく輝く照明。
生体リズムは個体ごとに最適化され、人工的に管理される。
さらに深部には研究区画、演算中枢、資源再循環系が存在する。
それぞれが独立しながらも、完全に同期された一つのシステムとして動作する。
そして最深部こそが最重要区画────最高意思決定領域。
そこにのみ、AXIOMの“本質”が存在している。
────統合世界安全保障評議会。
その設立は、2041年。
だが正確には、設立せざるを得なかったという表現の方が正しい。
二十一世紀後半初頭、国家という枠組みは、すでに統治単位としての純度を失い始めていた。
気候の臨界点突破、資源の偏在化。
情報戦の不可逆的高度化。
そして、自己進化型人工知能の出現。
それらはすべて、従来の国家安全保障という概念を無効化した。
国境は存在していても、防衛線は存在しない。
敵対主体は特定できず、攻撃は検知された時点で既に完了している。
“戦争”という言葉は残っていたが、その実態は定義不能な連続事象へと変質していた。
各国は対応を試みた。
世界規模の安全保障維持という目的を掲げ、人類統治権の回収と再配分を担い、各国政府の上に立ち、最終的に人類の意思決定を一箇所に集約するための機関が設立されたのである。
AXIOMの最深層会議室には、その組織の中枢を担う権力者が降臨する。
世界の意思が、決定される場所だった。
入口から普段は閉鎖されている直通エレベータに乗ってきたものの、すぐに目的地に到着という訳には行かなかった。
扉が開いて廊下に出たが、それは直線ではない。
緩やかに曲がって続き、どこまで歩いても終わらないような錯覚を与える。
壁面は光を反射しない黒。
だが暗闇ではない。空間そのものが微弱に発光しているため、影という概念が成立しない。
重力は均質に制御されている。
わずかな誤差すら許されない精度で、常に“最適値”が維持されている。
それは人間のためではなく、機構全体の演算効率のための設定だ。
音はすべて壁や床に吸収される。
足音も、衣擦れも、存在しないに等しい。
ここでは沈黙が標準状態であり、物音は異常として扱われる。
桐生蒼真は、そこを進んでいた。
距離の感覚はすでに曖昧だった。
時間もまた、測定不能なものへと変質している。
やがて、やっと行き止まりに到達した。
そこにあるのは、厚さ数メートルの複合装甲でできた巨大な扉。
接合部は視認できない。
分子単位で接続されているかのように、完全な一体構造を成している。
表面は、光を拒絶する黒。
視線を吸い込み、奥行きを喪失させる。
この扉は、シェルターのような防衛のために存在しているのではない。
“世界の境界”そのものだ。
蒼真は、立ち止まる。
呼吸が、わずかに乱れた。
この場所────組織と言った方が適切か────の異様さに、緊張と疲労を感じているのだ。
────ここから先は、つい昨日までいた場所とは同じ世界では、ない。
顔認証も、パスコード操作もない。
端末の持ち込みは制限されている。
ただ立っているだけで静かに、扉が“解体”される。
左右に開くのではない。
構造そのものが分離し、空間に溶けるように消失する。
内部は直径が数十メートルの円形のひろい空間だった。
天井は高いが、その高さを測る基準が存在しないため、圧迫感だけが残る。
光源は見えないが、暗くもない。
空間そのものが、淡く均一に発光している。
床面は黒曜石に似た材質で出来ていた。
反射が無いため、底知れない深度を感じさせる。
しっかり靴でそこを踏みしめているはずなのに、接地の実感が希薄だ。
中央に、重厚なマホガニー材でできているように見える巨大な円卓がある。
だがそれは“机”ではない。
木材から作られたものではない。
情報投影と位相制御を兼ねた、多機能演算媒体である。
椅子はひとつもない。
代わりに、円周上────七つの位置に、“歪み”が存在している。
人影に似ている。
だが輪郭は固定されない。
光を屈折させ、背景を歪ませながら、そこに“在る”。
それが、統合世界安全保障評議会最上級議員たちである。
それを知るものは世界でもごく限られるが────。
AXIOMの最上位意思決定機関。
正式名称はSEPTEM DOMINION────俗称ではセブンと呼ばれている。
数字で呼称する通り、七つそれぞれの“歪み”の前にはナンバー、識別名と紋章が記載されている。
七つの独立した思考体によって構成される“合議存在”。
個々の意識は分散し、統合され、物理的座標から切り離されている。
この場に“いる”のは、本体ではない。
意思の投影────あるいは、権限の断片と言える。
ゆえに彼らは姿を現さず、音声のみで対峙する。
(全員もう、脳だけとか数値化したデータだけとかいう噂になってるけど……)
しかしその不在は、逆説的に強い実在感を伴っていた。
(それは眉唾だな。ここに居なくても、確かな人間の気配がある)
蒼真は、事前に指定された場所へ進む。
ぽっかりと空いた、円卓の中心に佇んだ。
すべての視線────否、すべての“認識”が収束する座標。
静かすぎる、沈黙が続く。
時間の単位が消失したような空白の後、最初の声が響いた。
低く重く、濁りのない音声。
DOMINION I:ORIGIN「……桐生蒼真」
名前が呼ばれた瞬間、空間の密度がわずかに変化する。
「本日より、君はE.D.E.N開発の全責任を引き継ぐ事になる」
言葉は簡潔だった。
余剰の情報は一切ない。
それは命令ではなく、すでに確定した事実の提示でしかない。
蒼真は呼吸を整える。
「承知しています」
必要最小限の応答を返す。
ここでは言葉は情報であり、同時に評価指標でもある。
沈黙を許容しない声が、すぐに割り込む。
鋭利で、冷厳な響きを持っている。
DOMINION II:JUDGE「確認する」
「君は、この計画の倫理的帰結を理解しているか」
問いかけられているのではない。
この場において、“ノー”という選択肢は存在しない。
蒼真は、わずかに視線を上げる。
七つの歪み。
そのいずれもが、同時にこちらを“観測している”。
セブンは個ではない。
しかし同時に、単一でもない。
合議でありながら、常に一致しているわけではない。
だが最終的な結論は、必ず一つに収束する。
その過程は公開されない。
────それが、彼らが“人間ではない”と断定される理由だった。
蒼真は答えた。
「理解しています」
「それが人類にとって最適解である場合、倫理は優先順位を失う」
空間が、わずかに静まる。
それは肯定でも否定でもない。
ただ、“評価”が下された。
次の声は、より低く、深い。
DOMINION I:ORIGIN「良いだろう」
「この計画が我々人類に、さらなる栄光と繁栄をもたらすことを願う」
短い承認を受ける。
だがその一語に含まれる情報量は、膨大だった。
この場所は単なる会議室ではない。
ここは、禁忌を踏み砕いてつくった神の庭────絶対的権力による世界の意思が生成される場所だ。
……自分が今そのとんでもない境界に立たされていると言う事を、蒼真はどこか他人事のように感じていた────。
南極今すごい溶けてるらしいけど……
まあこのフィクションの地球の南極は溶けてないって事で~
……ていうかデスゲーム終わりましたやん……
今普通に謎の近未来風過去編やん……
もちろん最初からこうするつもりでしたけども
いざとなるとタイトルどうしよう問題が(;^_^A
ちょうどいいアホらしさで気に入ってるんだけどなー(笑)




