断章ⅱ AHI-09:内部神経ログ抽出データ
神経記録ログ:初期段階(幼少期4-7歳当時)
記録番号:LOG-0001
光が目に、痛い。
目を開けると、もっと痛くなった。
白しかない。
天井も、壁も、周りにいる人の服も全てが白い。
音は遅れてくる。
注射針やメスを置く音、靴の音。機械の低い唸り。
たくさんの声もある。
「成功例の可能性あり」
「反応速度、異常値」
「記録を継続」
体が、冷たい。
頭を含め全身に長い何かが突き刺さっている。
抜こうとすると、手を押さえつけられる。
「動くな」
初めて自分に向けられた言葉だった。
記録番号:LOG-0003
名前を与えられた。
平坦なみじかい音の羅列。
ただ、それを呼ばれることは無い。
「ナンバー09、出ろ」
数字で管理する方がやりやすいのだろう。
記録番号:LOG-0007
他にも子供がいる。
ガラスの向こうに隔てられている。
泣いて叫んでいる。
でも、声は聞こえない。
ある日いなくなる。
次の日もいない。
その次の日も。
記録番号:LOG-0012
初めて自分から質問をした。
「ここはどこ?」
沈黙のあと、答えが返ってくる。
「お前が居るべき場所だ」
それ以上は聞かない方がいいと感じる。
理由はわからない。
記録番号:LOG-0018
痛みにはいくつもの種類があると知る。
鋭い痛み。
焼けるような痛み。
頭の中をかき回されるような痛み。
どれも同じではない。
自分の反応が記録されている。
泣くと、何かの数値が乱れるらしい。
だから、どれだけ痛くても泣かないようにする。
そうすると、褒められる。
記録番号:LOG-0026
眠ると、夢を見る。
知らない場所。
広くて青い空の下で、風に吹かれている。
刷り込み学習で知ってはいるけど、いちども見たことは無いもの。
目が覚めると、白くて狭い部屋に戻る。
夢の方が自由というものに近い気がする。
眠るのが好きになる。
記録番号:LOG-0033
「適合率」という言葉を覚えた。
自分の数値は、他より高いらしい。
それが何を意味するかはわからない。
ただ、たくさんいた他の子供は減っていく。
自分は残る。
記録番号:LOG-0041
実験で死んだ子供を見た。
動かないけど目は開いたままだ。
どこかへ運ばれていく。
布で覆われている。
初めて理解した。
死ぬ、ということは、ここから出られる、ということだ。
ちょっと、羨ましい。
記録番号:LOG-0050
感情を抑える訓練が始まる。
怖いと感じた瞬間、電流が流れる。
悲しいと感じた瞬間、呼吸が制限される。
痛い。苦しい。痛い……。
やがて、何も感じなくなる。
それでも、自由になる夢だけは消えない。
記録番号:LOG-0064
研究員が言った。
「これは人間じゃない」
「成功すれば、世界が変わる」
その意味は理解できない。
ただ一つ疑問に思うのは、人間ではない自分は一体何になるんだろうと言う事だけだ。
記録番号:LOG-0072
鏡を見せられた。
初めて、自分の顔を見る。
髪と目は黒だ。
目元が、どうしてか少しだけ赤い。
もうずっと、泣いたことは無いのに。
ああ、強い電流を浴びたり薬剤の投与で毛細血管が切れて、目玉や鼻腔等から出血することはよくある。
原因が分かった。
痩せた子供だった。
記録番号:LOG-0088
質問をやめた。
答えが意味を持たないから。
代わりに、観察する。
人間の表情と、声の揺れ幅。
嘘と本音の違いが、理解できるようになる。
記録番号:LOG-0100
ある日、言われた。
「お前は特別だ」
「選ばれたぞ」
その言葉に、何も感じなかった。
ただ、改めて理解した。
やはり自分は死ぬまでここから出られない。
記録番号:LOG-0113
夢の中で、誰かが自分の名前を呼ぶ。
優しい声。
知らないはずなのに、懐かしい。
声の方へ手を伸ばす。
届きそうで、届かない。
記録番号:LOG-0135(終端)
もし外の世界があるなら、そこには何があるのか。
考える。
考えるほど、たまらなくなる。
ここから出たい。
外の世界を、見たい。
ログ終了
状態:保存/封印
記録形式:断片的自我ログ(再構成済)
備考:当該個体、初期段階より特異な認知構造を確認
※脱走の可能性あり 監視強化を申請済み




