第31話 終段
足音が、近づいてくる。
重いが、不規則だ。
壁の奥から滲み出るように、その気配は通路を満たしていく。
空気が変わった。
まとわりつくような圧。
暗闇の奥で、赤い光がぎらりと浮かんだ。
三名の視線が、交錯する。
「……なんだ、手負いか」
神崎が低く呟いた。
その声にわずかな落胆が混じっているのを、蒼真は聞き逃さなかった。
薄々分かっていたが、やはり神崎は戦闘を愉しむ性質であるようだ。
……確かによく見ると、最後の男はあちこち傷ついていた。
ぱたぱた、と床に血が落ちる音がする。
ここに来るまでに、既にいくつかの罠に掛かってきた様子だ。
手足も折れ曲がり、その為に動きは今までの敵に比べれば鈍く、不規則だった。
「神崎────」
「蒼真」
被せるように、呼ばれる。
「銃を寄越せ」
「……うん」
とっさに腰とデニムの間に挟んでいた拳銃を渡す。
流れるように自然な動作で銃把を握り構えた神崎は、一切の躊躇もなく撃った。
パンッ。
軽い音が響いて男の額に穴が開いた。
一瞬、動きが止まる。
だが神崎は立て続けに撃ち続ける。
驚くほどの精密射撃だった。
1ミリの狂いもなく狙ったところに命中させている。
銃声が止んだころ、男の額から上はもう無くなっていた。
手足はがさがさと動き続けているが、どう見ても止めは終わっている。
「……行くぞ」
この通路に転がっている怪物の死体がふたつになったのを確認して、銃を投げ捨てながら神崎が告げた。
「あ、あぁ」
……これで、残ったのは蒼真と神崎の二人という事に、なったのだろうか。
では神崎の言っていた最後の一人になれ、とは────。
考えていると、背中と膝の裏に手が添えられた。
「え」
そのまま、横抱きにされる。
思わず、すたすたと歩きだした神崎の肩を叩いた。
「な、にしてんだ。自分で歩ける」
動揺で声が若干裏返った蒼真をちらっと見て、神崎はすぐに視線を逸らした。
「顔色が悪いし、ふらついてるだろう。こうした方が早く着く」
「う……」
確かに、怪物との邂逅による怪我やおかしな幻覚などが立て続けで、疲労は限界だった。
蒼真は大人しく目を閉じた。
「……ごめん」
答えずに、神崎はじっと腕の中の蒼真の顔を眺めた。
足は止めない。
全ては、不可逆に変化してゆく。
誰もそれに抗う術はない。
状況は次の段階にシフトしようとしている。
希望と、絶望────……。
全ての祈りは無意味だ。
自分がただの一匹の修羅だという事を、神崎は自覚している。
……そんな風にしか、生きられない。
だがそんな自分にも望みはある。
こうなった今では、おそらくこの先どう転んでもその望みは遂げられる。
他をすべて蹴落とし抗い続けた者だけが、果たして勝利を手に入れられるのか。
────神ならぬ身の誰にも、その答えは分からなかった……。




