第127話 高層集合住宅/2055/小さな喜びと秘められた過去
悠馬は住宅街へ続く細い道の角で足を止めた。
「じゃあな、蓮。また明日」
片手を軽く振る。
それだけだった。
引き留めることも、無理に距離を縮めようとすることもない。
というか、いつの間にか悠馬は自分を下の名前で呼んでいる。
蓮はその背中をしばらく見送り、小さく息を吐いた。
「……また明日、か」
誰かとそんな言葉を交わした記憶など、ほとんどない。
胸の奥へ小石が落ちるような感覚だけが静かに残っていた。
その余韻を抱えたまま歩き始めると、背後から滑るように黒いセダンが近づき、隣へ音もなく停車する。
ゆっくり下りた運転席の窓の向こうには見慣れた無表情があった。
「乗れ」
柊が短く言う。
蓮は驚きもせずドアを開ける。
車内へ身体を滑り込ませると、革張りのシートがひんやりと背中を受け止めた。
静かに発進する車内は、相変わらず必要以上の音が存在しない。
運転席の柊はルームミラー越しに一度だけ蓮を確認し、それ以上は何も尋ねなかった。
「……ずっと見てたのか」
「護衛任務だ」
それだけで十分だった。
説明にも言い訳にもならない、当然の事実だけが返ってくる。
蓮は窓へ視線を向ける。
流れていく夕景の向こうには、さっきまで悠馬が歩いていた道が小さく残っていた。
少し前まで知らない他人だった少年と過ごした時間が、なぜか胸の奥へ静かに積もっている。
そんな自分に戸惑いながらも、その感覚を振り払うことはできなかった。
やがて巨大な高層集合住宅が夜空へと浮かび上がる。
幾重ものガラスに街の灯りが映り込み、巨大な塔そのものが都市の一部として呼吸しているようだった。
専用エントランスを抜け、最上階へ到着すると玄関の扉はすでに開いていた。
「おかえり」
柔らかな声が迎える。
珍しく蒼真が仕事着のままリビングへ立っていた。
ネクタイだけ緩めた姿は、いつもよりわずかに肩の力が抜けて見える。
「今日は早いんだな」
「会議が予定より早く終わってね……って蓮、もしかして」
穏やかな笑みが蓮へ向く。
その視線は自然と蓮の表情を観察し、ほんの僅かな変化さえ見逃さない。
「まさか、もう俺より背が高い……?」
「なんだ、今頃気付いたのか。もう俺の方が蒼真よりちょっと目線高いぞ」
心なしか自慢げに蓮が言った途端、蒼真が目に見えて不機嫌になる。
「たった三年であんなちびだった子に三センチも抜かれるなんて……」
むーっとむくれて頬を膨らます蒼真は普段より相当大人げなかった。
思わず吹き出した蓮は更に挑発する。
「あっという間に頭一つ分、でかくなって見下ろしてやるから」
「そういうの、恩を仇で返すって言うんだぞ」
「……それ絶対用法間違ってる」
ぷりぷり怒って無茶苦茶を言う蒼真に蓮は思わず笑顔を見せた。
そっと両手で蒼真の白く細い手を握る。揃えて買ったブレスレットが光った。
「蓮?」
首をかしげて握られた手と蓮の顔を不思議そうに見比べる蒼真を、蓮はじっと見つめた。
「俺、もっと強くなるから。あと少し待ってて、蒼真」
「……」
蒼真の頬から耳が心なしか赤くなった。慌てたように茶化す。
「いやー、良い子に育ってくれて嬉しいよ。この孝行息子め~」
「……蒼真の息子のつもりなんて無いんだけど」
「まぁまぁ。……で?今日は楽しかった?」
「……別に」
「同じクラスの子と一緒だったんだろ?」
柊が報告したのだろう。
蓮は少しだけ眉を寄せる。
「アイス食べて、炭酸飲んだだけだ」
「それでも十分な進歩だよ」
蒼真は心から嬉しそうに笑った。
「蓮に初めて友達ができたんだな、良かったよ」
その言葉へ蓮は間を置いて首を横へ振る。
「違う」
「違う?」
「まだ友達じゃない」
言い切る声音は妙に真面目だった。
「話しただけだ。勝手に決めるな」
蒼真は思わず吹き出しそうになるのを堪えながら目を細める。
「そうか。でも、その『まだ』が聞けただけで俺は十分嬉しいよ」
蓮は納得できないという顔で炭酸のボトルをテーブルへ置いた。
そんな反応すら微笑ましく映る。
以前の蓮なら他人に興味を示すことさえなかった。
人間関係を切り捨て、自分だけの世界へ閉じこもっていた少年が、今日という一日を否定しなかった。
それだけで蒼真には十分な前進だと思える。
蓮はしばらく考え込むように視線を落とし、不意に口を開く。
「それより一つ気になることがある」
「何?」
「柊って、あいつと少し────」
「蓮」
蒼真の声と、柔らかな電子音声が同時に割って入る。
『その質問は保留を推奨します』
天井へ投影された淡い青白い光が静かに揺れる。
E.D.E.Nだった。
ほぼ同時に蒼真も少しだけ哀しそうな笑みを崩さないまま首を振る。
「今は聞かないほうがいい」
「……どうしてだ」
「理由は話せない。でも、君が知るべき時は必ず来る。悠馬君にも、何も言わないであげてくれないか」
蓮は黙って蒼真を見た。
何かを隠している。隠すと言う事は、やはり柊と悠馬は関係があるのだ。
しかも、その秘密は肝心の柊本人ではなく蒼真とE.D.E.Nたちで共有している。
胸の奥に小さな違和感が沈んでいく。
あの少年の笑顔。
柊の横顔。
北の風の匂い。
どこかで重なった気がした感覚は、思い違いではなかったのかもしれない。
柊は、昔の記憶を消去されている事は蓮も知っている。
今更、肉親かも知れない相手の情報など不用意に告げない方が柊にも、悠馬のためにもなるのかも知れない。
廊下の向こうでは柊が静かに足を止め、閉じた扉越しの会話へ耳を澄ませることもなく、ただ長く目を閉じていた。
誰にも知られてはならない過去は、まだ静かに夜の底で眠り続けている。
結局柊兄弟って
超★面食いなんだろーな……。
どっちも美人にしか
興味持ってないもん。
そして二人ともイバラ道や……。
ごめん、いつかまた違う話書く機会あれば
似たよーなキャラだして
ハピエンにするからな(何年後になるやら)




