第123話 TOKYO DEEP-9/2055/ようやく出逢えた、ひとひらの真実
あいかわらず特に関係が変わるわけではないが、それでも柊との間には以前とは違う静かな信頼が息づいていた。
TOKYO DEEP-9中央管理区画へ足を踏み入れた途端、その穏やかな空気は慌ただしい電子音に飲み込まれる。
大型スクリーンには世界地図が幾重にも投影され、無数の監視衛星、量子通信網、深層海底ケーブル、軌道上観測網の情報が秒単位で更新され続けていた。
監視網拡張計画は既に第二段階へ移行している。
研究員たちは徹夜明けの顔で端末を抱え、それでも誰一人として足を止めようとはしなかった。
「統括主任、おはようございます!」
「第三演算棟の同期処理が完了しました!」
「欧州観測ノードとの接続率が九十九・九九八パーセントへ到達しています!」
矢継ぎ早に飛んでくる報告へ蒼真は短く応えながら歩き続ける。
昨夜しっかり眠ったおかげで頭は驚くほど冴えていた。
柊はいつも通り半歩後ろを歩き、周囲へ絶えず視線を巡らせている。
やがて中央司令室へ入ると、既にイヴェットが腕を組んで待っていた。
「おはよう。今日は顔色がいいじゃない」
「珍しくよく寝たからな」
「それを毎日やってちょうだい」
「……努力はする」
「努力じゃなくて実行」
柊と同じことを彼女からも返され、蒼真は苦笑する。
その様子を見ていた周囲の研究員たちも小さく笑った。
以前なら張り詰めた空気しか存在しなかった司令室に、少しだけ人間らしい温度が戻っている。
もっとも、その空気は長く続かなかった。
「統括主任!」
若い研究員が息を切らしながら駆け込んでくる。
「監視網第四十八層で異常検出です!」
室内の視線が一斉に大型スクリーンへ集まる。
蒼真の表情も切り替わった。
「内容は」
「観測不能領域が一カ所だけ消失しました」
「消失?」
「はい。正確には……空白だった座標へ、一・七秒だけ通信痕跡が発生しています」
司令室が静まり返る。
蒼真はすぐに端末を操作した。
膨大なログが高速で展開される。
通常なら存在しないはずの座標。
誰にも観測されない領域。
そこへ、ほんの刹那だけ波紋が生じていた。
「再現しろ」
E.D.E.Nが演算を開始する。
数千億件の記録が逆算され、空白だった世界へ一本の細い線が浮かび上がった。
『解析完了』
画面中央へ赤い表示が現れる。
《未知の量子暗号通信を確認》
《既存技術との一致率 二・一パーセント》
《送受信元 不明》
イヴェットが息を呑む。
「未知?」
『はい』
E.D.E.Nの声は静かだった。
『人類が現在保有する暗号体系とは根本構造が異なります』
蒼真は画面を見つめ、ようやく掴んだ確かな痕跡に息を呑んだ。
「追跡できるか」
『可能性はあります』
その返答だけで十分だった。
ゼロではない。
初めて道が繋がった。
「監視網を第六十四層まで拡張。演算優先順位を全面変更する」
『了解しました』
司令室全体が一斉に動き出す。
世界中へ張り巡らされた監視網が新しい目を開き始める。
E.L.Y.S.I.A、君まではまだ遠い。
けれど確実に、その背中へ手が届く距離まで近づいていた。
◇
同じ日の朝。
春風が校庭の桜を揺らしていた。
蓮は新しい制服の襟を整えながら校門を見上げる。
中学三年生。
最後の一年が始まる。
校門をくぐると、何人かの生徒がちらりと視線を向けたが、すぐに目を逸らした。蓮は近寄りがたい雰囲気をまとっていて、話しかけても返ってくるのは短く冷たい返事ばかりだ。気軽に声をかける相手はおらず、蓮も友達は必要としていなかった。
蓮は一人で校舎へ向かう。
────二年も通えば、少しはこの場所に慣れるのかと思っていた。
けれど実際は違った。
教室のざわめきも、廊下を行き交う同級生たちの笑い声も、蓮の中では最初から最後まで同じだった。興味が湧かない。誰が誰と仲がいいのかも、どんな話題で盛り上がっているのかも、どうでもよかった。二年もここにいて、顔と名前を覚えた相手はいる。それでも、それ以上の感情は何ひとつ生まれない。
────学校なんて、ただ蒼真に同世代と交流しろと言われているから来ているだけだ。
────同級生も同じだ。話しかけられれば一応最低限の返事はする。でも、それだけだ。
────別に嫌いなわけじゃない。だが、好きになれる理由もない。彼らと自分とは、違いすぎるのだ。
そんなふうに思いながら、蓮は淡々と歩く。
以前より背が伸びたので制服を新調した。
声も少し低くなった。
まだ少し幼さは残っている。
それでも確実に少年から青年へ近づいていた。
校舎へ向かう途中、ふと腕のブレスレットへ触れる。
蒼真とお揃いの銀色と黒曜石。
自然と笑みが浮かんだ。
今日もあの人は地下深くで働いている。
世界を守るために。
なら、自分も負けていられない。
放課後には柊との訓練が待っている。
もっと強くなる。
今度こそ守られるだけじゃない。
そう心へ誓いながら教室の扉を開けた。
その頃、地上から遥か数百メートル下のTOKYO DEEP-9では、人類が初めて未知の敵の足跡を掴み始めていた。
誰もまだ知らない。
この小さな進展が、世界の命運を左右する戦いの幕開けになることを。
次回、蓮に初めての友達が出来るかも……(今頃!?)
……今頃ですがまぁ一応その予定っす。
ちょっとは親離れするのかと思わせつつ
……どうかな……執着攻めだからナー




