表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【BL】冷酷な最終兵器は俺にだけ執着する ーFalling into E.D.E.N ー  作者: 雨森ユキ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

124/153

第121話 居住区画棟/2055/凍てついた風と、夜に編む糸

 



 柊は頷いたまま動かなかった。


 蒼真の指先はまだ制服の袖を離していない。


 細く白い指が布地を頼るように掴んでいるだけなのに、その僅かな力加減が胸の奥へ深く届く。


 これまで幾度となく任務で命を預け合ってきた。


 爆炎の中も、銃弾の雨も、崩れ落ちる建物の下も潜り抜けてきた。


 そのどの場面よりも、この静かな部屋のほうが柊には危うかった。


 蒼真は熱を孕んだ瞳で見上げている。


 疲労と発熱と神経活性因子(アンカー)切れで潤んだ銀藤の眼差しは、普段の理知的な光を薄く霞ませ、その奥に隠していた弱さだけを浮かび上がらせていた。


 そんな顔を向けられたのは、これが初めてではない。


 けれど、何度見ても慣れることはなかった。


 護衛は距離を守るものだ。


 それが柊の信条だった。


 踏み込みすぎれば判断は鈍る。


 感情は任務を狂わせる。


 そう教えられ、そう生きてきた。


 ところが蒼真は静かに微笑み、その微笑みにはどこか困ったような色が混じっていた。


「……そんなに難しい顔、するな」


 掠れた声だった。


「お前は悪くない」


 その一言が、柊の胸へ静かに落ちる。


 責められても命じられてもいない。ただ、信頼されているだけだった。


 それだけのはずなのに、長い年月をかけて積み重ねてきた理性に、また細い亀裂が走る。


 実は柊は、二人が退院した直後に同じ病院で、感情のクリーニング処理を受けていた。


 今までより更に感情というものは鈍くなり、喜怒哀楽や情動は著しく制限されるようになった。


 でも、この人を守りたい。


 その願いは昔から変わらない。


 それでも最近は少し違う。もっと普通に笑って、眠って、無茶せず自分のために生きてほしいと願う。


 その願いは護衛として抱くにはあまりにも私的だった。


 蒼真は自ら白衣のボタンを外して、脱ぎ捨てる。


 白いシャツの襟もとも緩めて、痩せた鎖骨から白い胸が露わになった。


 …………触れたい。


 柊はただそう思った。


 柊が顔を寄せる。


 吐息が首筋へ落ちる。


「っ……」


 反射的に蒼真の肩が跳ねた。


 その反応に、柊の喉が小さく動く。


 耐えている。


「……柊、噛むなよ」


 蒼真はそう言った。


 けれど声が弱い。


 柊は気づいている。


 本気の拒絶ではないことを。


 柊の額が、蒼真の肩口へ落ちる。


 熱い呼吸。


 服の擦れる音。


 耳元で低く息を吐く気配だけで、蒼真の思考がぐらつく。


 ……もっと、濃いアンカーが欲しい。


 不意に、柊の歯が蒼真の首筋へ軽く触れた。


「……っ!」


 甘噛みのような、ほんの一瞬の接触。


 だが蒼真の身体はびくりと震えた。


 鋭い痛みではない。


 むしろ熱だった。


 ぞわり、と背骨を這い上がる感覚。


 柊はその反応に、自分でも驚いたように動きを止める。


 本当に噛みついてしまう寸前で理性を引き戻した獣のように。


「……すみません」


 低い声。


 蒼真の肩へ額を押し当てたまま、柊は苦しそうに息を吐く。


「お前……」


 蒼真はうまく言葉が出ない。


 首筋へ残った熱が消えない。


 心臓が異常なくらい速い。


 柊がゆっくり顔を上げる。


 黒い瞳が近い。


 その視線には欲望があった。


 隠しきれないほど濃いのに、同時に必死で抑え込まれている。


 その視線に捕まって、蒼真はとうとう目を逸らせなくなった。


「……柊」


 名前を呼ぶ。


 それだけで柊の瞳が揺れた。


 蒼真はそこで気づいてしまう。


 この男は、自分に名前を呼ばれるだけで理性が削れている。


 その事実が妙に胸を熱くした。


「そんな顔、するな」


 蒼真が掠れた声で言う。


「……今さらです」


 低い声だった。


 柊の指が、ゆっくり蒼真の白い肌へ触れる。


 そのまま、どさりとベッドに押し倒された。


 硬くて、少し荒れている柊の指。


 なのに触れ方だけは驚くほど丁寧で、蒼真は余計に逃げられなくなる。


 柊はそのまま親指で、さっき噛んだ場所をなぞった。


 じわり、と甘い痺れが広がる。


「……反応しすぎです」


 低く囁かれる。


「誰のせいだと……」


 言い返そうとして、途中で息が止まる。


 柊が再び顔を寄せてきたからだ。


 今度は首筋へ額を押し当てるだけじゃない。


 ゆっくり、熱を確かめるみたいに唇が触れる。


「……っ、柊、……お前、ずるいな」


 柊の眉がわずかに動く。


 掠れた声で蒼真が続ける。


「今までずっと平気な顔してたくせに」


 その言葉に、柊が静かに目を伏せる。


「平気ではありませんでした」


 柊は傍で、護衛として、部下として、ずっと耐えていたのだ。


 蒼真が笑うたび、無茶をするたび、誰かへ近づくたび、その感情を押し殺し続けた。


 柊の手が、蒼真の頬を包む。


 今度は両手だった。


 熱い。


 こんなに体温の高い人間だったのかと思う。


 そのまま、深く唇を重ねる。


 熱が移る。


 静かなのに、息が詰まるほど濃密だった。


 閉じた部屋の中で、二人だけの熱が閉じ込められていく。


 柊の額が蒼真の白い胸に触れる。


 蒼真はゆっくり目を閉じた。


 そして逃げる代わりに、自分から柊の身体を掴み寄せた。


 その小さな応えに、柊の理性が静かに焼き切れる音がした。


 おかしい、とまだどこかで蒼真は思う。


 自分はこんなふうに誰かと触れ合う側の人間じゃなかったはずだ。


 アレクは完全な気まぐれと打算で自分に構っているだけだし、自分もそれを利用している。


 研究ばかりして、眠ることすら忘れて。


 人との距離感なんて、ずっと壊れていた。


 柊は蒼真に触れるたび、抑え込んでいた欲望が溢れていくようだった。


 ベッドへとさらに押し付けられる。


 逃げ場なんて、もうどこにもない。


 けれど怖くはなかった。


 柊の手は決して乱暴にならない。


 欲しがっているくせに、最後まで蒼真を傷つけないように触れてくる。


 その矛盾がたまらなく甘い。


「うぁ……っ」


 心地よさに思わず声が出た。


 二人の全身が熱を持つ。吐息も、全てが混ざり合う。


 蒼真はそっと柊の髪へ指を通した。


 黒髪が指へ絡む。


 柊の身体がびくりと震えた。


 その反応が面白くて、蒼真は自然と柊へ身体を寄せる。


 すると柊が苦しそうに息を吐いた。


 蒼真が小さく笑う。


 柊は何も言わなかった。


 次の瞬間、深く唇を塞がれる。


 蒼真は息を奪われながら、柊の首へ腕を回した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ