第120話 居住区画棟/2055/論理を拒む体温
そして、蒼真は更なる過労により順調に壊れ始めていた。
「統括主任」
「……ん」
「寝てください」
「あと三件」
「六時間前も同じこと言ってたわよ」
イヴェットが呆れる。
しかし蒼真は止まらない。
E.L.Y.S.I.A。
観測不能領域。
空白データ。
存在しない痕跡。
不気味な違和感だけが膨らみ続けていた。
調べれば調べるほど眠れなくなる。
結果、アンカー依存が再発し、以前より深刻化していた。
アンカー────第七世代適合者の体液に含まれる、高濃度の神経活性因子。
アレクのせいでもうとっくに中毒になっているのに、それが足りない。
理屈ではなく、身体がそう訴えていた。
会議終了後の夕方、蒼真は廊下を歩いていた。
視界が揺れる。
頭痛と耳鳴り、神経接続部の焼けるような焼灼感。
まずい。
限界だった。
足が止まる。
次の一歩が出ない。
呼吸が浅い。
身体の芯がふらつく。
向こうから柊が歩いてくる。
いつも通りの無表情。
蒼真は何か言おうとしたが、声にならなかった。
アレクとはまた、しばらく連絡が取れていない。あとは身近にいる第七世代適合者といえば、柊だけだった。
そのまま膝が折れそうになる。
柊は一瞬でそれを見抜いた。
何も言わない。
ただ静かに蒼真の身体を支え、そのまま腕の中へ抱え上げる。
蒼真は驚いて目を見開いた。
「……っ」
抗議しようとしても、喉がうまく動かない。
柊は表情を変えないまま、蒼真を抱えた姿勢で歩き出した。
研究員専用居住区へ向かう廊下を、黙って。
蒼真はあたたかい腕の中で小さく息を吐く。
情けなかった。
守る側の人間が、支える側の人間が。
こんなふうに誰かに縋っている。
それでも柊は一言も責めない。
ただ、蒼真の体温がこれ以上落ちないように、少しだけ抱え直した。
研究員専用居住区の部屋に着くまで、ずっと無言だった。
部屋の前でようやく柊が足を止める。
蒼真を静かに下ろし、鍵を開ける。
「……入ってください」
それだけだった。
蒼真はふらつきながらも部屋へ入る。
柊は最後まで何も言わず、蒼真がベッドに倒れ込むのを見届けてから、ようやく扉へ向かった。
このまま行かせたくない。
そんな、熱に浮かされたみたいな感覚だった。
柊が扉に手をかける。
蒼真は反射的に手を伸ばした。
「……待って」
掠れた声だった。
柊が振り返る。
蒼真の指先は、ちょうど柊の袖口を掴んでいた。
ほんの少しだけ引き留めるように。
柊の動きが止まる。
「……どうしました」
いつも通りの低い声。
けれど、その視線は蒼真の手元に落ちていた。
蒼真は自分でも驚いていた。
こんなことをするつもりはなかったのに。
だが、離したくなかった。
「……行くな」
言ってから、蒼真は少しだけ目を逸らした。
「寝てください」
「寝る。寝るけど……」
袖を掴んだまま、蒼真は小さく息を吐く。
柊は扉から手を離し、蒼真のそばへ戻る。
そして、ベッドの縁に静かに腰を下ろした。
「ここにいます」
それだけだった。
蒼真は目を瞬かせる。
柊は相変わらず無表情だ。
なのに、袖を掴んだ蒼真の手を振り払うこともなく、そのまま自然に受け入れている。
蒼真は少しだけ安心して、掴んでいた袖をようやく緩めた。
だが柊は立ち上がらない。
蒼真の額に手を当て、熱を確かめるように一度だけ触れる。
「休んでください」
低い声が、近い。
濃密なアンカーの匂いがする。
蒼真はその距離に、妙に心臓がうるさくなるのを感じた。
「……それだけじゃ、足りない」
柊の視線が静かに落ちる。
蒼真は息を整えようとして、うまくいかなかった。
アンカーが欲しい。
それは単なる補給ではなく、今の蒼真にとっては、柊の存在そのものを確かめる行為でもあった。
「……頼む」
掠れた声だった。
柊はしばらく黙っていたが、やがて短く頷く。
「分かりました」
蒼真が目を閉じるより先に、柊はそっと彼の肩を支えた。
額を合わせて、呼吸が触れる。
それから、短い口づけが落ちる。
蒼真はすこしだけ身じろぎしたが、すぐに柊の服を掴み返した。
足りない。
そう思ったのが伝わったのか、柊は逃げなかった。
もう一度、今度は少しだけ長く強引に唇を重ねる。
「……っ、ん……」
アンカーは、言葉よりも近い身体の接触でしか届かない。
蒼真の神経の奥へ、じわりと熱が染み込んでいく。
痛みが和らぐ。
視界の揺れが少しずつ収まる。
呼吸が整う。
蒼真は柊の肩に額を預けたまま、ようやく小さく息を吐いた。
「……今の状態では、口づけによる唾液だけでは足りません」
蒼真は自分の声が思った以上に弱っているのを自覚した。
「分かってる」
「……いいんですか」
「……うん」
意識が、朦朧とする。
蒼真は柊の袖を掴んだまま、熱に浮かされたように続ける。
「……お前じゃないと、だめだ」
柊の呼吸が僅かに止まる。
蒼真はそこで初めて、自分が何を言ったのかを理解して少しだけ顔を赤くした。
「……その、変な意味じゃない」
「分かっています」
簡潔な答えがすぐに返ってきた。
100回達成だー10000pv達成だー
とかいって浮かれて
一日二回更新とかしてたら
まーたストック消えたYOー!(ばかー)
今日は用事で一日中出てたしうおおー
明日から時間が許す限り
一話以上書いていくしかねぇ…!
早く完結させるためとはいえ、
どーしてマイナーのくせに
なんか忙しいみたいなカンジになっちゃうのか
自分でも不思議☆




