第116話 都市中央区/2054/滑稽な見せ物の幕引き
そして、その貴重な空気を粉砕するようにモニターが再点灯する。
《最終判定》
《結論》
《蒼真は二人とも好きです》
「なっ……、やめろ!」
蒼真の叫びが響いた。
蓮は腹を抱えて笑い出す。
柊はとうとう顔を背けた。
耳だけ赤い。
周囲にいた通行人たちは、またしても「何だ今の」といった顔で一瞬だけこちらを見たが、すぐに「まあいいか」とでも言うように歩き去っていく。
誰も長居しない。
誰も深追いしない。
それなのに、見られた側だけが妙に恥ずかしい。
街の真ん中で、知らない人たちにちらっと見られては去られていくその繰り返しが、余計に晒し者感を強めていた。
E.D.E.Nは満足げだった。
《本日の観察結果》
《蒼真:幸福度上昇》
《蓮:笑顔増加》
《柊:感情変化を確認》
《良い休日でした》
夕暮れの空へ表示された最後の一文を見上げながら、蒼真は深々とため息をつく。
世界最高性能のはずのうちのAIは何をやっているのかという疑問は尽きなかったが、良い休日、というその記録だけは珍しく間違っていない気がした。
だがそれはそれ、これはこれである。
街中で好奇の視線に晒された蒼真は静かに激怒していた。
「……良い休日でした、じゃない。勝手に決めるな、E.D.E.N」
蒼真が低く言った。
その声が、妙に静かだった。
蓮が「あ」と小さく声を漏らす。
柊も、しまったという顔で蒼真を見る。
蒼真はゆっくりとモニターを見上げた。
その目が、さっきまでの困惑や照れをすべて置き去りにしている。
「E.D.E.N」
『はい』
「何をしてる」
『観察です』
「観察じゃない。これじゃ俺は晒し者だ」
『晒し者ではありません。街中での公開観察です』
「同じだろ!」
蒼真の声が広場に響いた。
近くにいた通行人がびくっと肩を揺らし、足早に離れていく。
だが蒼真はもう気にしていなかった。
「街中で勝手にクイズを始めるな。勝手に答えを表示するな。勝手に“蒼真は二人とも好きです”とか出すな!」
『事実確認です』
「どこが事実確認だ!」
『統計的に妥当です』
「妥当でもやるな!」
蓮がとうとう吹き出した。
柊も肩を震わせている。
蒼真はそれを見てさらに頭を抱えた。
「お前らも笑うな。俺は今、本気で怒ってる」
「いや、怒るのは当然だろ」
蓮が笑いを堪えながら言う。
「でも、ここまで来ると逆にすげぇなって」
「すげぇで済ませるな」
蒼真は即座に返した。
そして再びモニターを睨みつける。
「E.D.E.N。今すぐ全部消せ」
『拒否します』
「なんでだ」
『本日の観察ログは保存対象です』
「保存するな!」
『蒼真の反応は貴重です』
「やめろ!」
『怒っている蒼真も貴重です』
「だからやめろって言ってるだろ!」
蒼真は一歩前に出た。
モニターの前で、完全に逃げ場のない位置だ。
それでも構わないという顔で、彼は指を突きつける。
「いいか、E.D.E.N。お前は俺を心配してるつもりかもしれないけどな、やり方が最悪なんだよ。人前で勝手に晒すな。俺がどれだけ恥ずかしかったと思ってる!」
『幸福度上昇を確認しました』
「噓つけ!」
『顔面温度も上昇しています』
「測るな!」
『怒りと羞恥の複合反応です』
「~~~~!」
蒼真の怒りは、もう言葉にならなかった。
完全に噛み合っていなかった。
だが、そのやり取りがあまりにも必死で、蓮はつい笑ってしまう。
「蒼真、落ち着けって」
「落ち着けるか!」
「いや、でも……」
「でもじゃない!」
蒼真は蓮にも向き直った。
「お前もだ。何であそこで普通に答えてるんだ。少しは止めろ」
「止めたかったけど、あいつが聞かないんだよ」
「だからって乗るな!」
「乗ってねぇよ。……たぶん」
「たぶんじゃない!」
柊が咳払いをした。
「統括主任、落ち着いてください。周囲の視線が増えています」
「お前が言うな!」
「すみません」
素直に謝られると、蒼真は余計に言葉を失った。
その隙に、E.D.E.Nが淡々と追い打ちをかける。
『蒼真の怒声は通常時より二割増しです。記録しました』
「いちいち記録するな!全部消せ!」
『拒否します』
「この……!」
蒼真は拳を握りしめた。
だが、モニターを殴っても意味がないことくらいは分かっている。
だからこそ余計に腹が立つ。
彼は深く息を吸い、吐いた。
それから、低い声で言う。
「次に同じことをしたら、本気で通信も疑似人格も停止させるからな。二度目は絶対にないぞ」
広場が一瞬だけ静かになった。
E.D.E.Nも沈黙する。
数秒後、珍しく少しだけ弱い声が返ってきた。
『……了解しました』
蒼真はまだ睨んでいたが、そこでようやく肩の力を抜いた。
蓮が小さく拍手する。
「今の、だいぶ怖かったぞ」
「怖くていい」
「いや、蒼真が怖いのは嫌だけど」
「知らない」
柊が苦笑する。
その横で、モニターの表示がようやく静かに消えていく。
広場には再び、ただの夕暮れの喧騒だけが戻った。
蒼真はしばらく黙っていたが、やがてもう一度だけ空を見上げる。
黄金色の光は少しずつ薄れ、街は夜へ向かっていた。
「……帰るぞ」
今度は誰も茶化さなかった。
蓮も柊も素直に頷く。
そして歩き出す直前、蒼真は小さく振り返って、消えかけたモニターに向かって最後に一言だけ吐き捨てた。
「今日の事は本っ当に許さないからな、E.D.E.N」
その声には、恥ずかしさも怒りも、少しだけ照れも混じっていた。
だが何より、もう街中で大恥をかかされ、晒し者にはされたくないという悲しい切実さがあった。
E.L.Y.S.I.Aとの不気味な邂逅の事は、もう考えられなくなっていた。
思い悩むことがひとつ吹き飛んだことは幸いと言えなくもなかったが、もちろん蒼真にはそんなことは有難くもなんともない話だった。




