第115話 都市中央区/2054/はた迷惑なファンファーレ
そろそろ病院に引き上げなければいけない時間になる頃には、西へ傾き始めた陽光が高層ビル群のガラスを黄金色に染めていた。
中央区の街路は昼間よりも人通りが増え、買い物客や観光客で賑わっている。
蓮は両手をポケットへ入れながら歩いていた。
少し前まで病室の天井しか見ていなかった自分が、こうして普通に街を歩いている。
その事実が未だに不思議だった。
視線を横へ向ける。
当たり前のような距離で蒼真がいる。
さらに隣には柊がいる。
それだけで胸の奥が静かに満たされていく。
ところが穏やかな時間は長く続かなかった。
広場へ差しかかった瞬間、頭上の大型モニターが唐突に点灯する。
街中の広告が一斉に切り替わった。
「……嫌な予感がする」
蒼真が呟く。
経験則として正しい。
モニターには巨大な文字が映し出されていた。
《第一回》
《蒼真を最も理解しているのは誰か選手権》
「早く帰るぞ」
蒼真は踵を返した。
しかし遅かった。
広場中のスピーカーからE.D.E.Nの声が響く。
『参加者は二名です』
『蓮』
『柊一真』
「参加しません」
柊が即座に否定する。
『エントリー済みです』
「しません」
『三秒前に脳波解析により了承を確認しました』
「…………」
『確認しました』
話にならなかった。
蓮は腹を抱えて笑っている。
「何だよそれ」
「お前も笑ってる場合じゃないぞ」
蒼真が睨む。
しかしモニターは無情だった。
第一問が表示される。
《蒼真が三日前の昼食で選んだメニューは?》
「知らねぇよ」
蓮が即座に文句を言う。
柊は淡々と答えた。
「鶏肉と根菜の煮物です」
正解音。
広場にファンファーレが鳴り響いた。
近くを歩いていた通行人たちが、何事かと一斉に足を止める。
「え、何?」
「クイズ番組?」
「誰のこと?」
そんな声があちこちから上がったが、モニターの表示を見ても事情が飲み込めないらしく、皆すぐに首を傾げたまま歩き出していく。
買い物袋を提げた女性は一度だけ蒼真たちを見て、すぐに興味を失ったように視線を外した。
観光客らしき青年も「何かの宣伝か」と呟いて通り過ぎる。
誰も深くは気にしない。
だが、だからこそ余計に恥ずかしい。
広場の真ん中で、見知らぬ人々に「何だあれ」と一瞬だけ見られて、すぐ忘れられていく。
それはそれで、まるで街中で晒し者にされているみたいだった。
「当たった」
「当たるのかよ」
『加点します』
さらに第二問。
《蒼真が疲労時に無意識で飲む飲料は?》
「甘いミルクコーヒー」
蓮が答える。
『不正解』
「えっ」
「違うのか」
蒼真まで驚く。
通りすがりの学生たちがまたちらりとこちらを見た。
「なんか揉めてる」
「知り合い同士の遊びかな」
「でもあの人、顔赤くない?」
そんな会話を残して、彼らもすぐに去っていく。
柊が答える。
「微糖のミルクティーです」
『正解』
「何で知ってるんだ」
「十年見ていますので」
説明が重かった。
蓮は悔しそうに唸る。
ところが第三問で流れが変わった。
《蒼真が最も安心している時間帯は?》
蓮は考える。
病室。
雨の日。
眠れない夜。
話していた時間。
笑っていた時間。
そして気付く。
「誰かと飯食ってる時」
正解音。
モニターに花火エフェクトが上がった。
近くを歩いていた親子連れが、また一瞬だけ足を止める。
「え、なにこれ」
「わかんない」
「でも楽しそう」
子どもが興味を示したのも束の間、母親に手を引かれてそのまま離れていった。
柊が僅かに目を見開く。
蓮自身も驚いていた。
理屈ではない。
ただ何となく分かった。
蒼真が誰かといる時に見せる表情を思い出しただけだった。
E.D.E.Nが数秒沈黙する。
評価演算中らしい。
やがて結果が表示された。
《正答率》
《柊:九十八点》
《蓮:九十五点》
「惜しい」
蓮が叫ぶ。
悔しそうなのに楽しそうだった。
蒼真は額を押さえている。
完全に他人事ではなくなってきた。
通行人たちはもう半分以上が立ち去っていたが、残った数人は「まだやってる」とでも言いたげに遠巻きに眺めている。
その視線が妙に生々しくて、蒼真はますます居心地が悪かった。
その時、モニターへ新しい文字列が流れる。
《特別問題》
《蒼真が最も笑顔になる相手は?》
広場が静かになった。
蓮も固まる。
柊も黙る。
蒼真は嫌な予感しかしなかった。
『回答してください』
E.D.E.Nの声だけが響く。
蓮は視線を落とした。
少し考える。
答えは簡単だった。
「……E.D.E.Nじゃないのか」
『違います』
「違うのかよ」
『不本意ですが違います』
柊が珍しく小さく吹き出した。
E.D.E.Nは傷付いたらしい。
モニターに《精神的損傷》という謎の表示が出ている。
蒼真まで笑いそうになった。
その様子を見た蓮がふと足を止める。
柔らかな夕陽が蒼真の横顔を照らしていた。
研究施設では見られない顔だった。
任務中でも見られない顔だった。
どこか年相応で。
穏やかで。
温かい。
蓮の胸が少しだけ痛む。
守りたいと思う。
もっと見ていたいとも思う。
言葉にはならない感情だった。
柊もまた同じ横顔を見つめていた。
長い年月を共に過ごしてきたからこそ分かる表情がある。
蒼真自身も知らない癖がある。
その全てを知っている。
だからこそ、誰より幸せでいてほしいと思う。
広場の喧騒は続いている。
夕暮れの光も変わらない。
それでも三人の間には不思議な静けさがあった。
うおーいつの間にか
10000pv達成ー!
全く亀の歩みですがやったー!
本家なろうではホントッ不毛なBLで
しかもこんなニッチでマイナーな作品で…
またもや見守って下さる皆様の
おかげです!
ありがとうございます!(´▽`)
頑張って完結させます!
一応ハピエン予定だからご安心を〜!




