第114話 都市中央区/2054/血の通わぬ白昼夢
蒼真は結局、その出来事を誰にも話さなかった。
自分を知っていた不可解な白い髪のアンドロイド。
落下した迷彩ドローン。
説明しようとすればできたはずだ。けれど口に出した瞬間、さらに現実味を失ってしまう気がした。夢を見たのではないか、と自分自身で疑ってしまうほど、その邂逅は静かで、あまりにも何一つ痕跡が残っていなかった。
隣を歩く蓮は、新しく購入したシルバーのブレスレットを嬉しそうに眺めていた。蒼真に着けさせた後、自分もしっかり身に着けている。細いチェーンに小さな黒曜石が埋め込まれた限定モデルで、若者の間ではかなり人気らしい。特殊な周波数が出ていて、リラックス効果もあるようだ。
「似合う?」
そう尋ねられ、蒼真は自然に頷く。
「うん、すごく似合ってる」
蓮の顔が少し明るくなる。
その変化を見てしまうと、蒼真もつられて微笑んでしまう。
一方の柊は、無言で自分の手首を見下ろしていた。
同じシリーズだが、彼が選んだものは艶消しの黒金属を主体にした簡素なデザインだった。
柊らしい選択だな、と蒼真は思う。
「柊も似合ってるよ」
何気なく口にした言葉だった。
柊の視線が僅かに動く。
それだけなのに蓮は気付いてしまった。
「あ」
「何だ」
「柊、今ちょっと嬉しかっただろ」
「気のせいだ」
「うそだ」
「…………」
蒼真は二人を見比べ、困ったように肩を竦める。
そこで蓮がまだ、もう一つ小さな紙袋を持っているのに気付く。
「あれ、もうみんなブレスレット付けたぞ。まだ、ショップの袋あるのか」
「……うん、これ、E.D.E.Nのぶん」
「!」
何気なく聞いた質問に返ってきた答えに、蒼真は驚いた。
「E.D.E.Nも、消えそうになってただろ。無事だった、お祝いにって」
「……そうか。きっと喜ぶよ。ありがとう、蓮」
そんな他愛ないやり取りを続けながら街路を歩いていた時だった。
蒼真の視界の端で、何かが光った。
高層ビルの外壁。
巨大な広告ディスプレイ。
その表面を一瞬だけ白いノイズが走る。
蒼真の足が止まる。
誰も気付いていない。
蓮も柊も周囲の通行人も、おそらくE.D.E.Nですら。
広告はすぐ通常表示へ戻っていた。
だが蒼真だけは見ていた。
ノイズの中へ紛れ込んだ一行の文字を。
『また会いましょう』
心臓が小さく跳ねる。
反射的に振り返る。
人混みの向こう、横断歩道の反対側。
ほんの一瞬だけ、白い髪が見えた気がした。
けれど信号が変わり、人の流れが交差すると、その姿は跡形もなく消えていた。
「蒼真?」
蓮の声で意識が戻る。
「どうかした?」
「……いや」
言葉を濁す。
自分でも整理できていない。
ただ一つだけ分かることがあった。
あれは敵意ではなかった。
少なくとも今は、もっと別の何かだ。
理解できないほど遠く、けれど奇妙なほど親しげな視線。
それが不気味だった。
柊は蒼真の表情を観察していたが、深く追及はしなかった。ただ自然な仕草で蒼真の肩へ手を添え、人混みから庇う位置へ移動する。
護衛として当然の行動。
それだけのはずなのに、蒼真は少しだけ肩の力が抜ける。
「そろそろ休憩しませんか」
柊が言う。
「また甘いもの?」
蓮が嬉しそうに尋ねる。
「お前さっき食べたばかりだろ」
「別腹」
「便利な腹だな」
そんな会話を交わしながら三人は再び歩き出す。
夕暮れの光がガラス街を黄金色へ染め始めていた。
穏やかな休日。
笑い声、他愛ない会話。
誰も知らない。
世界を揺るがす終焉のAIが、ほんの数分前まで蒼真のすぐ傍に立っていたことを。
そして蒼真自身もまだ知らない。
あの白い少女めいた存在が、自分の人生へ再び現れる日は、思っているよりずっと近いということを。




