第112話 都市中央区/2054/ひかりの中、きみの毒
会計を済ませて店を出ると、都市中央区画は休日らしい穏やかさに包まれていた。高層ビル群のガラス壁面へ春の陽光が反射し、白銀の光となって石畳へ降り注いでいる。研究棟や軍事施設ばかり見慣れた目には、それだけで別世界のようだった。
「やっぱり買う」
高級ブランドショップのショーウィンドウを覗き込みながら蓮が言う。
「まだ言ってるのか」
蒼真は呆れたように返したものの、本気で止める気は最初からなかった。
店内には最新のナノ素材を用いたアクセサリーが並び、その中でも最近流行している細身のブレスレットへ蓮の視線は釘付けになっている。銀と黒を基調とした洗練された意匠で、無駄な装飾は一切ない。それでいて一目で高級品と分かる存在感があった。
「統括主任はどうします」
「別に要らない」
「そう言うと思いました」
柊は静かに答え、蓮と共に店内へ入っていく。
蒼真だけは入口脇のベンチへ腰掛けた。
店内では蓮と柊が何やら真剣な顔でショーケースを覗き込んでいる。
結局、三人お揃いのアクセサリーを買う流れになってしまった。
蒼真としては未だに納得していない。
生還記念に、という発想そのものは理解できる。
しかし、なぜアクセサリーだのに全く興味のない自分までお揃いに巻き込まれるのか。
蒼真は静かに息を吐いた。
風が心地良い。
こんな何でもない休日が訪れるなど、少し前まで想像もしていなかった。
視線を上げると、都市の空はどこまでも青い。
その頭上では、一機の小型ドローンが静かに旋回していた。
柊が配置した護衛機だ。
特殊迷彩によって一般人にはまず認識できない軍用モデルであり、索敵能力も対電子戦性能も最高水準に達している。
蒼真は何となくそれを見ていた。
次の瞬間だった。
ドローンが音もなく停止した。
まるで見えない手で電源を抜かれたように。
空中で静止した機体は、そのまま重力へ従って落下し、石畳の上で鈍い音を立てる。
蒼真の眉が僅かに寄った。
故障ではない。
あり得ない。
あの機体は柊自身が整備している。
ましてや外部干渉への耐性は軍用規格を大きく上回っている。
周囲へ視線を巡らせる。
人混みは変わらず流れている。
異常は見当たらない。
それでも何かがおかしい。
研究者としてではなく、生存本能に近い感覚が警鐘を鳴らしていた。
蒼真はゆっくり立ち上がろうとした。
その時だった。
目の前へふと影が落ちた。
顔を上げた先に、一人の少女が立っていた。
────少なくとも見た目だけなら、少女と言っていい。
腰まで届く真っ白な髪。
透き通るような白い肌。
雪で形作られた人形が、そのまま歩き出したような美貌だった。
身に纏う衣服も異質だった。
淡い銀色を基調にしたコートドレスは、どこか旧時代の貴族服を思わせながらも、現代技術でしか再現できない複雑な織り模様が走っている。上品なのに目を奪われる。高価だと分かるのに成金趣味ではない。
そして何より、その存在感が異常だった。
人混みの中にいるはずなのに、その周囲だけ世界から切り離されているように見える。
少女は蒼真を見ると、花が咲くように微笑んだ。
完璧な角度と表情、そのあまりの完璧さゆえに、続いて優雅な礼を一つ。
その仕草は、人間よりも人間らしかった。
蒼真の瞳が細まる。
目の前の存在が人間ではないことを理解したからだ。
アンドロイドだが最新型ですらない。見たこともないタイプだ。
そんな分類そのものが意味を失うほど異様な存在だということを全身で証明している。
少女は顔を上げる。
天色の、不思議な光を宿した瞳が蒼真を真っ直ぐ見つめた。
「初めまして、蒼真」
柔らかな声だった。
それなのに、心臓を冷たい指先でなぞられたようなぞっとする感覚が残る。
「ずっと、会いたかった」
その言葉と共に、少女の背後に並ぶ都市監視カメラのレンズが一斉にこちらを向いた。
まるで誰かが、街そのものをすべて乗っ取って微笑んでいるかのように。




