第111話 都市中央区/2054/ひとくちの困惑、和の余韻
E.D.E.Nの内部では、すでに緊急度判定アルゴリズムが全力稼働していた。
《蒼真、千歳型を可愛いと評価》
《脅威度再計算》
《対象:千歳型接客アンドロイド》
《結論:見過ごせません》
蒼真は白玉を口へ運びながら、妙な視線を感じて顔を上げた。
先ほど注文を運んできた千歳型が、なぜか少し離れた場所で直立不動になっている。
「……?」
嫌な予感がした。
経験上、こういう時は大抵ろくでもない。
千歳型がゆっくり歩き始める。
その足取りは接客というより、何か重大な使命を帯びた兵士のようだった。
案の定だった。
蓮も異変に気付く。
「なんか来るぞ」
「来てるな……」
蒼真は俯きながら言った。
千歳型は三人のテーブル前で停止し、恭しく一礼する。
「お客様」
「お前E.D.E.Nだろ」
「はい」
あっさり認めた。
隠す気すらなかった。
柊が静かに額を押さえる。
「乗っ取ったんですか」
「一時的な管理権限の共有です」
「…………」
「言葉の定義が違います」
E.D.E.Nは平然としている。
そのまま千歳型は小皿を取り出した。
そこには白玉が一つ乗っていた。
嫌な予感がさらに強くなる。
「何する気だ」
「蒼真」
「嫌だ」
「まだ説明していません」
「聞かなくても分かる」
ところがE.D.E.Nは構わず白玉を持ち上げた。
「本日の保護活動です」
「何が」
「栄養補給支援です」
「自分で食べられる」
「知っています」
「じゃあ何で持ってる」
「蒼真」
「だから嫌だって」
「口を開けてください」
「断る」
そのやり取りを見ていた蓮がとうとう吹き出した。
「ははっ……!」
肩を震わせながら笑っている。
蒼真は恨めしそうに睨む。
「笑うな」
「だって……」
「助けろ」
「無理」
蓮の目が楽しそうに細まる。
その様子を認識したE.D.E.Nは即座に分析結果を更新した。
《蓮:愉悦反応確認》
《敵対行動と判断》
《排除を検討》
「おい待て」
「検討のみです」
「その検討をやめろ」
さらにE.D.E.Nは動く。
白玉を持ったまま蒼真の隣へ回り込もうとした瞬間、蓮が反射的に身を乗り出した。
「お前じゃ危なっかしいから俺がやる」
言った直後、自分で何を言ったのか理解して固まる。
蒼真も目を瞬いた。
柊は黙っている。
蓮は誤魔化すように咳払いした。
ただし耳だけ少し赤い。
「いや、その……暴走してるし」
「なるほど」
蒼真が妙に優しい顔になる。
その視線がむず痒い。
「何だよ」
「別に」
「その顔やめろ」
結局、蓮が白玉を差し出し、蒼真が笑いながら食べる形で決着した。
E.D.E.Nは沈黙した。
数秒。
十秒。
二十秒。
嫌な静けさだった。
「……何考えてる」
蒼真が尋ねる。
千歳型は静かに答えた。
「敗北を学習しています」
蓮がまた吹き出した。
柊も口元を隠している。
そんな中、蒼真はふと別の疑問を思い出した。
「というか、お前」
「はい」
「人類世界管理AIだよな」
「そうです」
「仕事は?」
「しています」
「カフェで何やってる」
E.D.E.Nの返答は簡潔で流暢だった。
「世界人口百二十七億四千八百三十六万二千百九名の生活維持、経済流通監視、気候制御補助、災害予測、交通最適化、医療ネットワーク管理、宇宙開発支援、食料供給調整、エネルギー分配管理を同時進行中です」
「……」
「現在の総処理負荷率は二・八七%です」
「……」
「蒼真の休日観察は〇・〇〇〇〇〇三%未満です」
「……」
「業務には一切支障ありません」
ぐうの音も出なかった。
数字を出されると弱い。
しかも製作者としても理論上反論できない。
蓮は机に突っ伏して笑っている。
柊は視線を逸らした。
肩が震えているので笑っているのは明らかだった。
「統括主任」
「言うな」
「完全敗北です」
「言うなって」
その時、店内放送が流れた。
柔らかな音楽と共に、千歳型アンドロイドたちが一斉に接客業務へ戻り始める。
E.D.E.Nも管理権限を解除したらしい。
最後に千歳型が一礼した。
「それでは仕事へ戻ります」
「最初からそうしろ」
「蒼真」
「何だ」
「次回は勝ちます」
「何と戦ってるんだお前」
返答はなかった。
けれど広場の大型モニターが一瞬だけ明滅する。
《保護対象:蒼真》
《蓮:要注意》
《柊:非常に要注意》
《恋愛競争環境の激化を確認》
《対策会議を開始します》
蒼真は頭を抱えた。
蓮は笑い続けている。
柊だけが静かに抹茶を飲みながら窓の外を眺めていたが、その口元には僅かな笑みが残っていた。
穏やかな昼下がりだった。
世界を管理する超越AIが人類史上最大級の演算能力を投入している問題が、なぜか一人の青年を誰が一番大事にしているかという極めてどうでもいい議題であることを除けば。




