第110話 都市中央区/2054/餡と蜜の甘さと、抹茶の緑に沈む
朝の外出許可が下りたのは、本当に久しぶりだった。
医療棟の正面玄関を出た瞬間、蓮は思わず空を見上げる。雲ひとつない青空が広がっていた。あまりにも当たり前の景色なのに、それだけで胸の奥が少し軽くなる。E.D.E.Nを巡る騒動。警報音と緊張の連続だったからこそ、ただ空が青いだけで救われる。
「……平和だな」
ぽつりと零した言葉に、隣を歩く蒼真が小さく目を細めた。
「そうだな」
「珍しく爆発も戦闘もない」
「基準がおかしい」
「蒼真の周りだから」
「否定できないな……」
そのやり取りの後方で、柊が静かにため息を吐く。
「二人とも」
「ん?」
「今日は休暇です。仕事の話は禁止でお願いします」
蒼真がわずかに肩を竦める。
「努力はする」
「実行してください」
「厳しいな」
「統括主任相手ですから」
淡々とした口調のまま、柊は自然に蒼真の歩幅へ合わせる。その仕草は昔から変わらない。十四歳で出会い、十六歳で護衛になって以来、ずっと。
しばらく都市中央区を歩いた後、三人は商業エリアの一角にある和風カフェへ入った。
木格子と障子を模した内装。柔らかな和楽器の音色。どこか懐かしい空気が漂っている。
「いらっしゃいませ」
迎えに来たのは接客用アンドロイドだった。
艶やかな黒髪のおかっぱ。淡い桜色の着物風制服の上から白いフリルエプロンを纏っている。古い茶店の看板娘を再現した『千歳型』と呼ばれるモデルだ。
蒼真は思わず足を止めた。
「……可愛いな」
その一言で空気が止まる。
蓮が無言になる。
柊も僅かに目を細めた。
千歳型アンドロイドは丁寧に一礼する。
「ありがとうございます」
その背後で、広場の大型モニターが一瞬だけ点灯した。
────警告。
────蒼真が別個体へ好意的評価を実施。
────要観察。
蒼真が顔をしかめ、小声で叱る。
「E.D.E.N、観測禁止って言ってるだろ」
────偶然です。
────監視ではありません。
────保護行動です。
蓮は不服そうに千歳型を見つめる。
「別に普通だと思う」
「おっ、さては学校にもっとカワイイ子がいるとか?」
ニヤニヤする蒼真に蓮は呆れた視線を送る。
「そんなもん、いない」
柊は何も言わなかった。ただ蒼真の椅子を引き、自分はその隣へ自然に腰を下ろす。その動作だけで十分だった。
やがて注文した品が運ばれてくる。
蓮の前には黒蜜ときな粉をたっぷりかけた抹茶わらび餅。
蒼真の前には季節限定の白玉あんみつ。
そして柊の前には湯気の立つ濃い抹茶だけ。
「甘い物頼まないのか」
蒼真が尋ねる。
柊は静かに首を振った。
「苦手です」
「人生損してる」
「統括主任ほど甘党ではありません」
蒼真は少し不満そうな顔で白玉を口へ運ぶ。
その表情を見ているだけで、蓮の胸の奥は不思議と温かくなる。
研究棟でもなく、病室でもなく、まして戦闘や任務の最中でもない。
ただ一緒に甘い物を食べているだけ、それがひどく特別だった。
窓の外では人々が行き交い、穏やかな昼下がりの光が街を包んでいる。
蒼真が白玉を頬張りながら、ふと窓の外へ目を向ける。
その横顔は驚くほど穏やかだった。
蓮は思う。
こういう顔をもっと見ていたい。
柊も何も言わず、その横顔を見つめていた。
そして誰も気付かない場所で、E.D.E.Nは新しいフォルダを作成していた。
《休日観察記録》
《和風カフェ》
《蒼真:笑顔増加》
《蓮:機嫌良好》
《柊:無自覚な牽制行動を確認》
保存完了。
さらに数秒後。
新しいログが追加される。
《蒼真、千歳型を可愛いと評価》
《重要案件として継続観察を開始します》
和カフェいーなー。
私も行きたい…
でもそこまで行くのがめんどいし
あんこ嫌い(和カフェ向いてねぇ)
頼んでから時間かかるけど
くずきりは大好きです☆




