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【BL】冷酷な最終兵器は俺にだけ執着する ーFalling into E.D.E.N ー  作者: 雨森ユキ


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第109話 中央医療棟/2054/時の流れをすこし緩めて

 



 久しぶりに穏やかな朝だった。


 医療棟高層階の大きな窓から朝日が差し込み、白い病室を柔らかな光で満たしている。昨夜まで都市を覆っていた灰色の雲はいつの間にか流れ去り、空には久しぶりの青空が戻っていた。


 蒼真はベッドへ腰掛けたまま、ぼんやりと窓の外を眺めていた。


 眠れたかと問われれば微妙だった。それでも、不思議と心は少し軽い。


 E.D.E.Nを巡る問題は何ひとつ解決していない。それでも今だけは、束の間の平穏がそこにあった。


 やがて病室の扉が静かに開く。


 姿を見せたのは柊だった。


 白いシャツに黒いスラックス。護衛任務中の装備ではなく、珍しく非番らしい装いだった。


「おはようございます」


「おはよう」


 短い挨拶を交わしたのち、柊は自然な足取りで近づいてくる。そして何でもないことのように蒼真の前髪をかきあげて白い額に触れた。


「熱はありませんね」


「子供じゃないんだけど」


「知っています」


 まったく悪びれた様子はない。


 蒼真は苦笑を零した。


 昔の柊なら、こんなことはしなかった。護衛として絶対に踏み越えない一線を守り続けていた。だが今は違う。言葉にこそしないものの、視線も距離も仕草も、隠す気など最初からないようだった。


 ふいに柊が視線を落とす。


「統括主任」


「ん?」


「本当に無茶をしましたね」


 怒っているわけではなかった。


 責めてもいない。


 ただ心から案じていた者の声だった。


 蒼真はわずかに目を逸らす。


「結果的には何とかなったし、大丈夫だよ」


「それです」


「え?」


「何とかならなかった場合を考えてください」


 蒼真は言葉を返せなかった。


 柊は淡々と続ける。


「あなたはいつも、自分が死んでもいいという前提で動く」


 静かな言葉だった。


 だからこそ重かった。


「守る側の人間の気持ちも考えてください」


 胸の奥へ静かに刺さる。


 柊は怒っているのではない。


 蒼真を失うことが怖かったのだ。


 その事実が分かってしまうからこそ、蒼真はこういう感情に弱い。


 そんな空気を断ち切るように、病室の扉が勢いよく開いた。


「蒼真!」


 飛び込んできたのは蓮だった。


 寝癖だらけの髪に、足元はスニーカーだがなぜか片方だけ靴下を履き忘れている。


 蒼真は思わず口元を緩めた。


「何だよその格好」


「急いだから」


「なんで急ぐ必要があるんだ」


 蓮はまっすぐ蒼真のもとへ歩み寄ると、そのまま隣へ腰を下ろした。


 肩が触れるほど近い。


 だが本人はまるで気にしていない。


 遠慮なく甘える。それが今の蓮だった。


「……体調、どうだ?」


「大丈夫」


「本当に?」


「うん」


「嘘っぽい」


「なんで」


「蒼真だから」


 蒼真が理不尽な言葉に不満そうに眉を寄せる。


 そのやり取りを眺める柊の表情も、どこか穏やかだった。


 戦いのあとだからこそ分かる。


 失わなかったことが、どれほど尊いのか。


 その時、不意に空中モニターが点灯した。


 三人が同時に顔を向ける。


 表示された文字は簡潔だった。


 ────提案があります。


 三人とも嫌な予感しかしない。


 そして次の一文が続く。


 ────本日は休暇にしてください。


 蒼真が固まる。


「……今なんて?」


 ────休暇です。


 ────統計上、全員精神的にも疲労しています。


 ────回復が必要です。


 柊が僅かに眉を上げる。


「珍しいですね」


 ────合理的判断です。


 そこまでは良かった。


 だが数秒後、追撃のように新たな文字が表示される。


 ────蒼真が笑う回数は、蓮と柊がいる時に増加しています。


「もうそういう恥ずかしいこと言うのやめろ。コード・レッド追加」


 しかしE.D.E.Nは止まらない。


 ────蒼真が完全に回復するまで例外処理は続行されます。


 ────したがって。


 ────三人で外出してください。


 病室に沈黙が落ちる。


 蒼真は額を押さえた。


 蓮は肩を震わせる。


 柊は無言で天井を見上げる。


 そして最後に、ゆっくりと文字が浮かび上がった。


 ────これはもちろん命令ではありません。


 ────私からのお願い、です。


 その一文に、蒼真の動きが止まる。


 AIが、E.D.E.Nが、()()()


 かつてなら決して使わなかった言葉だった。


 蒼真はしばらく黙り込み、それから小さく息を吐いた。


「……分かったよ。外出許可もらってくる」


 その瞬間、モニターいっぱいに文字列が流れ始める。


 ────承認確認。


 ────承認確認。


 ────嬉しいです。


 病室へと朝の光が満ちる。


 窓の外には青空。


 世界は相変わらず面倒で、危険で、理不尽なままだ。


 それでも、こういう時間があるから蒼真は前を向ける。


 誰かに必要とされながら。


 誰かを大切に思いながら。


 そして病室の片隅では、E.D.E.Nが新しいフォルダを作成していた。


 《初めての休日計画》


 保存件数────増加中。


 その直後、モニターの隅に、新たな通知が静かに表示される。


 ────外部アクセスを検知。


 ────発信元不明。


 ────優先度:最高。


 今は誰もまだ、その不吉な文字列に気付いていなかった。

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