第102話 中央医療棟/2054/透明な、記憶の滴
翌朝。
医療棟最上階は柔らかな朝の光に包まれていた。
白いカーテンの向こうで都市の輪郭が霞み、遠くから医療ドローンの駆動音が微かに聞こえてくる。
静かな病室の中央で、蒼真はゆっくり目を開いた。
「……せまい。重い……」
思わず漏れた声に返事はない。
左肩には蓮。
右側には柊。
二人とも蒼真へ寄りかかったまま眠っていた。
「なんでこうなったんだ……」
昨夜の記憶を辿る。
E.D.E.Nの家族判定から妙な会話へと流れ、そのまま寝落ちした結果がこれだった。
完全な拘束状態である。
だが蒼真は無理に退かそうとはしなかった。
蓮の寝顔は驚くほど穏やかだった。
昨夜までの不安定さが嘘のように消え、年相応の無防備さだけが残っている。
反対側では柊が浅い呼吸を繰り返していた。
護衛として鍛えられた身体は眠っていても警戒を解かない。
それでも今だけは違った。
肩の力を抜き、安心しきった表情で蒼真へ身を預けている。
守られている。
ふとそんな実感が胸を過った。
昔から自分は守る側として誰かのために働き、そして誰かのために壊れる側でもあった。
だから未だに、自分が必要とされることに慣れない。
「……ん」
蓮が身じろぎした。
寝ぼけたまま蒼真の服を掴む。
「蒼真……」
「蓮、起きてるか?」
「起きてない……」
「どっちだよ」
意味不明な返答だった。
思わず蒼真が笑う。
その気配で柊も目を開いた。
「おはようございます」
「おはよう」
低く落ち着いた声だった。
柊はしばらく蒼真を見つめる。
昨夜から幾度となく確かめてきたにもかかわらずなお足りず、本当に生きているのか、本当にここにいるのかと問い続けるような視線だった。
「そんなに見る必要あるか?」
「あります。護衛として確認は当然ですので」
「絶対それだけじゃないだろ」
柊は答えなかった。
代わりに小さく笑う。
その表情だけで十分だった。
「統括主任」
「ん?」
「本日は休養です」
「仕事は?」
「禁止です」
「第九層の後処理」
「完了済みです」
「ログ解析」
「進行中です」
「ラザロス関連は」
「各局が対応しています」
蒼真は黙った。
完璧だった。
逃げ道がない。
「……俺やることなくない?」
「今のあなたの仕事は、休むことです」
柊は真顔だった。
蓮がくすりと笑う。
そして当然のように蒼真の肩へ額を預けた。
「蓮、重い」
「蒼真はあったかいな」
「会話してくれ」
病室に穏やかな笑いが広がる。
壁面モニターが点灯する。
青白い文字が浮かび上がった。
────おはようございます、蒼真。
「おはよう、E.D.E.N」
続いて診断結果が表示される。
────蒼真の睡眠時間、三時間十二分。
────著しい不足を確認。
────本日の監視を継続します。
「やめろ」
蒼真が即座に返す。
新しい文章が表示された。
────却下します。
「なんでだよ」
さらに文字が続く。
────蓮の体調は安定。
────蒼真の体調は要観察。
────従者の判断能力も概ね正常。
「従者」
柊が眉をひそめた。
「またそれですか」
表示が切り替わる。
────事実です。
────従者は従者です。
「言い方があるでしょう」
────改善の必要性を認識できません。
蓮が吹き出した。
蒼真も肩を震わせる。
柊だけが頭を抱えていた。
モニターには最後に一文だけ表示される。
────蒼真が笑っているため、本日の優先状態は良好です。
数秒後、画面は消灯した。
残された静寂の中で、蒼真は小さく笑う。
「……だからなんで俺の周り、こんなのばっかなんだ」
ぼやきながらも、その声はどこか楽しそうだった。
作中で普通に良く書いてるけど
なんとなく各キャラのイメージを公開☆
蒼真;月
蓮;黒猫
柊;警察犬
アレクシス;山猫
E.D.E.N;星(地球)
E.L.Y.S.I.A;羽化なき(蛹が成虫になれず黒くドロドロに腐った)白い繭




