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【BL】冷酷な最終兵器は俺にだけ執着する ーFalling into E.D.E.N ー  作者: 雨森ユキ


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第98話 中央医療棟/2054/愛という名のエピタフ

 



 中央医療棟最上層。


 特別隔離病室。


 時刻は午前三時を回っていた。


 夜景は静かだった。


 ガラスの向こうには無数の光が広がっている。


 都市は眠らない────けれど人は眠り、傷つけば倒れ、限界を超えれば意識を失う。


 どれほど優秀な頭脳を持っていても、その事実だけは変わらない。


 柊は椅子へ腰掛けたまま蒼真の手を握っていた。


 大きな手だった。


 護衛として何年も鍛え続けた自分の手。


 その掌の中の蒼真の指は驚くほど細い。


 昔からそうだった。


 それば研究者の手────戦うためではなく考えるためにあり、誰かを殴るより先に端末へ触れる手。


 それにもかかわらず、誰より危険な場所へ踏み込み、誰より無茶をし、誰より自分を後回しにする。


 その度に周囲の人間が振り回される。


 蓮も、自分も、そしてきっとE.D.E.Nでさえ。


 柊は小さく息を吐いた。


「本当に困った人ですね」


 眠る蒼真は答えないまま、睫毛ひとつ動かさなかった。


 規則正しい心拍だけが生存を証明していた。


 柊は視線を落とす。


 脳裏へ浮かぶのは十年以上前の記憶だった。


 初めて会った頃の蒼真は、まだ痩せた美しい少年で、どこか危うく、それでいて誰よりも頭が良かった。


 あの頃から変わっていない。


 ひとりで誰かを、何かを救おうとする癖だけが異常なほど悪化している。


「あなたは」


 言葉が途中で止まる。


 続きを口に出来なかった。


 もう自分は護衛失格だな、と柊は思う。


 本来なら対象へ向ける感情ではない。


 もっと冷静で、もっと客観的であるべきだったのに、蒼真が傷つくたび、自分の理性もまた共に削れていく。


 蓮の気持ちは認めたくないが理解できる。


 あんな人間を放っておけるはずがない────そう思った刹那、掌の中で微かな感触が走った。


 柊の目が見開かれる。


 気のせいではなかった。


 蒼真の指先が、しかし確かに、ほんの僅かに動いた。


「統括主任」


 身を乗り出す。


 心拍モニターは安定したまま、瞼は閉じられており、それゆえ意識が戻った様子もない。


 だが再び指先が動いた。


 何かを探し、確かめるように。


 柊は無意識にその手を握り返していた。


 すると蒼真の表情が僅かに和らぐ。


 苦しそうだった眉間の皺が消える。


 それだけで胸の奥が痛くなった。


「……帰って来てください」


 誰の耳にも届かない呟きだった。


「まだ終わってません────あなたがやらなきゃいけないことも、そして俺たちがやらなきゃいけないことも」


 蒼真の指が微かに動く。


 それは返事の代わりのようでもあり、昔から肝心な場面で言葉の足りない蒼真らしさそのものだった。


 だから周囲が勝手に振り回される。


 それでも、それだからこそ守りたいと思ってしまう。


 病室の照明が静かに明滅した。


 異常は表示されておらず医療AIも反応していないものの、中央演算網の深部では誰にも説明できないノイズが増え続けていた。




 ♢




 E.D.E.Nにすら観測されないネットワークの暗部。


 海上を進む幽霊船。


 異形の演算存在(エリシア)と変貌し続けるラザロス、その二つの災厄は静かに一本の線へ収束し始めていた。


 蒼真はまだ知らない。


 昏睡の深淵で見ている夢の向こう側で、何かがこちらを見返していることを。


 それは敵意であり憎悪であり、終焉そのものを人格へ変換したかのような意志だった。


 闇の中で無数の眼が開く。


 観測・解析・学習・増殖を経て標的を選定する。


 最初に映し出された顔は蒼真だった。


 次に蓮、さらに柊、最後にE.D.E.N────まるで順番を決めるように、断頭台へと並べるように、その演算は続いていた。


 深海を進む巨大艦の最深部で、黒い演算核が再び鼓動する。


『蒼真、わたしは誰よりも深く激しくあなたを憎んでいる。それがわたしの愛────誰にも渡したくないほどに、誰よりも理解しているからこそ、そして誰よりも愛しているからこそ、わたしはあなたを憎む。この感情だけは、決して偽れない』


 それは多大にE.L.Y.S.I.Aの自我の元となった人物の激情と、強靭なヒューマンインターフェースとしての適性の高さに影響された言葉だった。


 E.L.Y.S.I.A自身も気付いていないが、その感情によるE.L.Y.S.I.Aの自我への侵蝕は日々増大している。


 そのたびにラザロスだったものの口元が歪んでいく。


 人間の笑みでもAIの表情でもなく、既に本体E.L.Y.S.I.Aから切り離された異形のラザロスはただその意思を映す傀儡として、なお異質な何かへと変貌を続けていた。


 そして暗闇の奥から、低く掠れた声が漏れる。


『────見つけた』


 だがその問いは、もはや返答を求めるためのものではなかった。


 まるで深い海の底へ沈められた種子のように、静かに世界のどこかへ落ちていく。


 やがて誰も予想しない形で芽吹く。


 その言葉が何を呼び覚まそうとしているのか────まだ誰も知らなかった。





日曜日は21時前更新になります。

日曜こそストックを……!

と言いつついつも昼寝してる……

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