↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
91/96

第91話 孤立

 王権制限案採決まで、残り二日。王宮の空気は、目に見えない壁で仕切られたようだった。


 廊下で交わされる視線、囁き、こちらに気づいて止まる会話。それらは、かつての断罪の夜を思い出させる。違うのは――今回は罪が確定していないことだ。だが疑念は、罪よりも強い。


 ――


 財務院。再建債の償還計画についての会議は、発言が少なかった。反論も弱い。だが熱もない。


 アリシアは気づいている。誰も明確に敵対しない。だが、全員が一歩引いている。巻き込まれたくない。政治的リスクから距離を置く。それが合理だ。均衡国家の中で、合理が顔を出している。


 ――


 廊下で、リュカが足を止めた。


「……あなたは、間違っていない」


 珍しく、曖昧な言い方だった。


「だが」


「だが?」


「均衡は、常に説明を求められる」


「合理は結果だけで済む」


 彼は視線を逸らす。


「私はまだ、どちらが強いか判断できない」


 それは告白に近い。完全な味方ではない。だが敵でもない。揺れている。


「揺れて構いません」


 アリシアは静かに言う。


「揺れない国家は、脆い」


 リュカは何も言わずに去っていった。彼の背中が、以前より遠い。


 ――


 庭園で、セレナが小さく言う。


「民の間で、あなたの過去が誇張されています」


「冷酷」

「容赦がない」

「再建債も策略だと」


 アリシアは否定しない。


「否定すればするほど、怪しく見える」


「では黙るのですか」


「いえ」


 彼女は空を見上げた。


「言葉ではなく、結果で返す」


 だが今は、結果が出るまで時間がかかる。その空白が、疑念を育てる。


 ――


 夜、王宮の塔。レオンハルトが言う。


「侯爵の支持が増えている」


「過半数に近い」


「知っています」


 沈黙が落ちた。


「私が退けば、収まる」


 再び、その言葉だった。レオンハルトは強く否定しない。それが、痛い。


「……お前を守れば、王権制限案は王の独裁と見なされる」


 現実的判断だった。


「守らなければ、均衡は削られる」


 二択。均衡国家は、常に二択を迫られる。


「孤立していると感じるか」


 彼の問いだった。一瞬の沈黙のあと、彼女は答える。


「少し」


 正直な答えだった。


「だが」


 目を逸らさない。


「均衡は、常に孤独です」


 中央に立つ者は、両側から引かれる。均衡を取るとは、両方に嫌われる覚悟のことだ。


 レオンハルトは、彼女を見た。


「私は王だ」


「だが今は、まだ完全ではない」


「お前が必要だ」


 その言葉は救いであり、重荷でもある。


 ――


 同時刻、グレイザック侯爵邸。


「票は揃う」


 側近が告げる。


「あと一人」


「誰だ」


「中立派の伯爵」


 侯爵は頷いた。


「不安を与えよ」


「再建債の危険性を強調しろ」


 合理と恐怖は相性がいい。恐怖のほうが、根拠を必要としないぶん速い。


 ――


 王都。再建債購入者の一人が破産した。偶然か、仕掛けか。噂が走る。


「やはり危険だ」

「王家に利用された」


 火は小さい。だが燃えやすい。


 王権制限案採決まで、あと一日。味方は揺れ、敵は増え、民は疑う。経済戦よりも厄介なのは、信頼の戦いだった。


 ――


 その夜、塔を下りる階段で。


 先を行くレオンハルトが、途中で足を止めて振り返った。


 手は差し出さない。

 差し出せば断られると、彼はもう知っている。


 ただ、彼女が下りきるまで、そこで待っていた。


 庭で影が並んだ夜より、二人の距離は、少しだけ狭かった。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、

ブックマーク や 評価 をお願いします。


応援が励みになります!


これからもどうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。