第75話 均衡国家
王都・議政大広間に、再び人が集められた。だが今回は討論ではない。宣言だった。王太子レオンハルトが、正式に国家方針を示す場だ。
貴族、商人、農民代表、軍、教会。帝国商会の視察員までもが列席している。静まり返る広間に、レオンハルトが壇上へ立った。
「三年計画第二次再編について、王家としての最終方針を示す」
声は静かだが、揺れない。
「第一に、救済制度を本日公開する」
ざわめきが走る。書記官が資料を配ると、そこには具体的な数字が並んでいた。
・統合対象者への三年保証給付
・再就労支援基金創設
・再教育無償化
・商会統合時の評価基準公開
・異議申立制度設置
具体的だ。曖昧さはない。読み終えるまでの数十秒、広間は紙の音だけになった。
「第二に、農地統合は段階的実施」
「強制は行わない」
「契約は公開条件のもとで結ぶ」
農民代表が息を呑む。
「第三に、商会統合は透明基準による競争とする」
「屋号継承制度を新設」
エドガーの目がわずかに動いた。完全ではない。だが“消滅”ではなく“移行”になる。
「第四に、軍需内製化は縮小せず、期間延長で吸収」
ヴァルクが静かに頷いた。軍は守られた。
レオンハルトは、一度言葉を止める。
「我々は帝国ではない」
視線が広間を巡った。
「合理だけで進む国ではない」
「だが感情だけで守れる国でもない」
静まり返る。
「国家とは構造であり、人である」
「どちらかを捨てれば、国は崩れる」
ゆっくりと息を吸う。
「私は、均衡を選ぶ」
その言葉が落ちた。広間の誰も、まだ拍手をしない。
「痛みはある」
「だが痛みは共有する」
「負担は国家全体で引き受ける」
会場の空気が変わる。
「私は王になる」
「正解を出す者ではない」
「失敗を引き受ける者だ」
沈黙。それは覚悟の宣言だった。
アリシアは、静かにその姿を見ている。セレナも、エドガーも、ヴァルクも。誰も完全に満足していない。だが誰も完全に拒絶していない。それが均衡だった。
「三年後」
レオンハルトは続ける。
「帝国と再び交渉する」
「その時、王国は選択肢を持つ」
「それが我々の目標だ」
静かな拍手が、広がった。熱狂ではない。だが確かな支持だった。宣言は終わった。
――
広間を出た後、エドガーがアリシアに近づいた。
「屋号継承制度か」
「完全ではありません」
「だが消えるよりはいい」
短い沈黙があった。
「痛みを共有する、か」
彼は小さく笑う。
「少しは背負ったな」
その言葉に、アリシアはわずかに目を伏せる。
「まだ足りません」
「足りなくていい」
エドガーは言った。
「完璧な国はない」
去っていく背中を、彼女はしばらく見ていた。
――
回廊。セレナが静かに言う。
「均衡国家」
「兄上らしいですね」
「支える」
短い言葉だった。
アリシアは、窓の外を見つめる。合理は必要。だがそれだけでは足りない。初めて、彼女は理解する。国家とは、数値だけではない。重さの総和だ。
だが完全な解決ではない。均衡は常に揺れる。その上に立つのが、王だ。
――その隣に誰が立つのかは、まだ決まっていない。
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