第71話 国は誰のものか
王都・議政大広間。貴族、商人、農民代表、軍、教会。異例の公開討論が開かれた。
議題は明確だった。――三年計画第二次再編、および救済制度草案。
壇上には二人。アリシア・ヴァレンシュタインと、王女セレナ。中央に、レオンハルト。静まり返った空間だった。
「本日の討論は」
レオンハルトが言う。
「決着をつけるためではない」
「国家の方向を明確にするためだ」
視線が二人へ向いた。壇上の二人は、互いを見ていない。
「まず、三年計画の必要性を」
アリシアが一歩前に出た。
「帝国依存率を削減しなければ、三年後に選択肢を失う」
「鉱山再開、農地統合、商会再編は不可欠」
資料は配られない。全て口頭で、数字だけが並べられていく。収穫増加率、輸入依存率、軍需内製化比率。理路整然としていて、どこにも隙がない。
「これは未来のための投資です」
会場は静かだった。反論は感情になりやすい。だが今日は違う。
「次に」
レオンハルトが促す。セレナが前に出た。
「私は三年計画に反対しているわけではありません」
柔らかい声だった。
「ですが」
一瞬、視線が会場を巡る。
「順番に疑問があります」
ざわめきが起きた。王女が壇に立つこと自体、この国では前例がない。
「削る前に支える仕組みを示すべきです」
「救済制度を明確化し、評価基準を透明化し、
失う側に納得を与える」
会場に頷きが広がる。アリシアが口を開いた。
「救済制度は設計中」
「設計中では足りません」
セレナは即座に返す。
「国は構造ではなく、人です」
静まり返った。その言葉は重い。
「構造がなければ、人は守れない」
アリシアが返す。声は揺れない。
「守るために、人を削るのですか」
「削るのではない」
同じ応酬を、二人は三度目に繰り返している。
「再配置です」
「言葉を変えても、本質は変わりません」
視線が交わる。理と理。セレナが続けた。
「商会を失う者は、人生を失う」
「土地を失う者は、誇りを失う」
「その痛みを“コスト”と呼ぶ国に、
未来はありますか」
空気が揺れた。アリシアは、静かに答える。
「国家が崩れれば、全員が失う」
「痛みを避けることはできない」
「ですが」
一瞬の沈黙があった。
「私は、痛みを直視している」
視線が会場へ向く。
「私は嫌われる役を引き受ける」
ざわめきが広がった。壇上でその言葉を言う者を、この広間は久しく見ていない。
「国家は感情で動けば崩れる」
「合理は冷たい」
自分で自分をそう呼ぶ声に、揺れはなかった。
「だが冷たさは、崩壊を防ぐ」
セレナは、首を振った。
「合理は必要です」
「ですが、優しさを後回しにしてはならない」
「優しさは制度に落とすべきです」
「では制度を先に示してください」
沈黙。アリシアの視線が、わずかに揺れた。救済制度草案は未完成で、数字はまだ揃っていない。
「一か月で示す」
彼女は言う。
「だが三年計画は止めない」
セレナは、静かに問いかけた。
「国は誰のものですか」
会場が息を呑む。
「王と貴族のものではありません」
「民だけのものでもありません」
アリシアは、ゆっくりと答えた。
「国家は構造」
これまで何度も置いてきた答えだった。今日は、その先を訊かれる。
「構造は、誰のものですか」
追撃だった。沈黙。わずかな間が空く。
「……全員のもの」
アリシアの声は低い。
「ならば」
セレナは言う。
「全員が納得できる形を目指すべきです」
空気が張り詰めた。理はぶつかった。どちらも間違っていない。どちらも正しい。
レオンハルトが、静かに立ち上がる。
「十分だ」
会場の視線が集まった。
「国家は構造だ」
どちらの側も見ずに、彼は正面を向いたまま言った。
「国家は人だ」
「どちらも欠ければ、崩れる」
沈黙。
「一か月」
彼は言う。
「救済制度を公開する」
どちらか一方を退ける言い方を、彼はしなかった。
「三年計画は続行」
「だが強制はしない」
その宣言は、まだ結論ではない。だが方向は示された。
討論は終わった。会場はざわめきながら散っていく。アリシアは、その場に立ち尽くしていた。初めてだった。自分の合理が、揺らいだ感覚。
セレナが近づく。
「私は敵ではありません」
「知っています」
短い返答だった。
「ですが」
「順番が違う」
二人の間に、火花はない。だが緊張は確かにある。
思想戦は、まだ終わらない。
むしろ、今始まった。
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