↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
70/96

第70話 割れる王宮

 一か月以内の救済制度草案公表。その約束は、王宮内部に波紋を広げた。最初に反応したのは軍だった。


 軍議室。


「軍需第二段階の延期?」


 ヴァルク将軍の声は低いが、怒気を含んでいる。


「一部です」


 財務官が慎重に答えた。


「鉱山再開を優先するため、武具内製化拡張は半年後ろ倒しに」


「半年あれば十分に遅れる」


 ヴァルクは机を叩かない。だが視線が鋭い。剣を抜かない相手に、抜かないまま返す作法を、この男も心得ている。


「三年は短いと言ったのは誰だ」


 沈黙が落ちた。


「帝国が再び圧力をかければ、

 我々は備えが足りない」


 レオンハルトが、静かに口を開く。


「内乱の種を抱えたまま強化はできない」


「暴動は起きていない」


「今はな」


 短い応酬だった。軍は合理を支持している。だが軍の合理は、国防を先頭に置く合理だ。


 ――


 一方、教会代表は別の懸念を示した。


「急速な再編は、秩序の動揺を招きます」


「動揺はすでにある」


 アリシアが答える。


「動揺を吸収する制度が必要です」


「制度だけでは心は整いません」


 穏やかな言葉だった。だが意味は深い。王宮は、静かに分裂していく。誰も声を荒らげないまま、机の並びだけが変わっていく。


 ――


 夜。レオンハルトは、三つの報告書を並べていた。軍の懸念、民意の嘆願、財政試算。


「どれも正しい」


 小さく呟く。アリシアが、その隣に立った。


「正しさは一つではない」


「だから難しい」


 彼は顔を上げる。


「お前はどう見る」


「救済制度は必要」


「軍は」


「延期は最小限に」


「財政は」


「赤字覚悟」


 迷いはない。


「だが」


 アリシアは一瞬、言葉を選んだ。


「制度設計を誤れば、逆に不信を生む」


「一か月で間に合うか」


「間に合わせる」


 その決意は変わらない。だが疲労が見えた。この数日、彼女が執務室を出た時刻を知る者はいない。


 ――


 その頃、リュカは別室で資料を読み込んでいた。


「政策が揺らいでいる」


 彼は小声で呟く。合理は速度が命だ。だが今は減速している。


「王女殿下の発言が優先されている」


 不満ではない。焦燥だった。


「感情が、国家の進行を妨げている」


 彼は、救済制度草案に目を落とす。補助金、再教育費、転職支援。費目が縦に並び、どれにも上限が書かれていない。


「コストが膨らむ」


 その目に、硬い光が宿った。


 ――


 翌日、王宮小会議室。軍、財務、教会、農政、商務、王族。全員が揃った。


「王宮は割れている」


 ヴァルクが、率直に言う。


「軍は再編加速を支持」


「民は段階実施を求める」


「財政は警告」


 沈黙。レオンハルトが、ゆっくりと立ち上がった。


「我々は帝国ではない」


 静かな声だった。


「合理だけで進む国ではない」


 視線が、全員を巡る。


「だが感情だけで守れる国でもない」


 誰も反論できない。


「一か月」


 彼は続ける。


「救済制度を設計する」


「同時に、鉱山再開は予定通り進める」


「農地統合は段階化」


「商会統合は透明基準を公開」


 それは、妥協の集合体だった。だが選択でもある。


 会議後、セレナが静かに言った。


「ありがとうございます」


「まだ終わっていない」


 レオンハルトは答える。


 廊下で、アリシアが立ち止まる。王宮は割れた。だが崩れてはいない。理と人。均衡は、まだ保たれている。だがその均衡は、極めて脆い。


 救済制度草案まで、残り二十五日。


 ここからが、本当の思想戦だった。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、

ブックマーク や 評価 をお願いします。


応援が励みになります!


これからもどうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。