第69話 王女の選択
王都・中央会館。本来は商談や文化催事に使われる広間に、長机が並べられていた。
片側には農民代表、商会代表、職人組合の代表。もう片側には、王女セレナ。護衛は最小限だった。
公式な「意見交換会」として、公開の場で行われる。王宮は、この開催を止めなかった。止めれば、それは弾圧と映る。
「本日は、統合政策に関する皆様の意見を伺います」
セレナの声は落ち着いている。最初に立ち上がったのは、エドガーだった。
「我々は反対しているわけではない」
広間に響く、低く安定した声だった。
「国が強くなる必要は理解している」
「だが」
視線がセレナへ向く。
「順番が違う」
ざわめきが、後ろの列まで広がった。
「救済策を明確にし、契約条件を透明にし、
失う側に説明責任を果たしてから進めるべきだ」
理路整然としている。怒りはない。
「統合後の地位は能力次第、と言われた」
「能力の評価基準は何だ」
農民代表が続けた。
「土地を失った者は、どの基準で再雇用される」
「雇用が保証されなければ、家族はどうなる」
質問は具体的だった。セレナは、一つ一つを自分の手で記録する。
「皆様の懸念は理解しています」
「理解では足りない」
エドガーが言う。
「制度に落とせ」
その言葉に、会場がうなずいた。
――
王宮。報告はすぐに届いた。
「王女殿下は救済制度の先行設計を約束しました」
財務官が、緊張した面持ちで言う。
「約束?」
アリシアの声が、低くなる。
「草案を一か月以内に公開すると」
沈黙。レオンハルトは、目を閉じた。
「独断か」
「公開の場での発言です」
つまり撤回は難しい。言葉はすでに、会場から街へ出ている。
――
夜。セレナが執務室に入ると、レオンハルトとアリシアが待っていた。
「一か月とは、短い」
アリシアが言う。
「承知しています」
「財源は」
「再編予算の一部を転用」
「削減対象は」
「軍需第二段階を一部延期」
ヴァルクがいれば怒鳴っただろう。だが今は、三人だけだった。
「なぜ約束した」
レオンハルトが問う。
「約束しなければ、信頼が崩れるからです」
迷いのない答えだった。
「声を聞くだけでは足りません」
「形にする必要があります」
アリシアは、静かに言う。
「制度設計には時間がいる」
「だから一か月です」
「無理がある」
「無理でもやります」
初めて、セレナの声が強くなった。
「国は人が中心です」
「人が納得しなければ、三年後に構造は崩れます」
アリシアは、一瞬だけ目を閉じる。
「急ぎすぎれば、財政が歪む」
「急がなければ、信頼が歪む」
沈黙。レオンハルトは、二人を見た。構造と人。両立は難しい。
「私は」
セレナが続ける。
「あなたの敵ではありません」
視線はアリシアへ向いている。
「ですが、人を後回しにする国には賛成できません」
その言葉は、穏やかだが決意があった。アリシアは、静かに返す。
「私は、人を切り捨てているわけではない」
「順番の話です」
「順番は重要です」
言葉が重なった。同じ国を見ている。だが見ている焦点が違う。
「一か月」
レオンハルトが言う。
「やる」
二人が顔を上げた。
「救済制度草案を一か月で出す」
「農地統合は段階的に」
「商会統合は凍結」
決断だった。アリシアは、ゆっくり頷く。
「可能です」
セレナも頷いた。
「ありがとうございます」
だが緊張は解けない。
会議室を出た後、アリシアは一人、廊下に立った。一か月。制度設計。財源調整。反発の吸収。合理の加速は止まった。だが代わりに、時間との戦いが始まる。
窓の外では、中央会館の灯りがまだ消えていない。王女は選んだ。人を先に。
アリシアは、廊下に一人で立っていた。
自分が同じ場面に立たされたとき、同じ順番を選べただろうか。
その問いに答えを出さないまま、彼女は灯りが消えるまでそこにいた。
本話もお読みいただき、ありがとうございました。
構造を先に置くか、人を先に置くか。
どちらも正しくて、どちらかを選ばなければならないのが政治です。




